男女別型(誰でも用付設)トイレ

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外の光を取り入れることに主眼を置いたようなトイレ。今で言えば「省エネトイレ」とか「節電トイレ」とか言われるかもしれない。今に「省エネトイレ・節電公園トイレナンバーワンコンテスト」なんかが開かれる時代がやって来るかもしれない。時代が変わればファッションも変わる。だからこんなコンテストをやるなら早い者勝ちだろう。しかしモノやコトの進化には時代の要請が不可欠だ。そんなことに我は興味がないし、生きてもいないだろうから、勝手にやってほしい。

男女別型(障害者用付設)トイレ

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こんな色合いの公園トイレが以前は多かった。それはなぜなのかはよく分からないが、施設として突出することもなく、周りに同化しても違和感のない色合いが求められたのかもしれない。今とは全く別の社会的背景のようなものがあったのかもしれない。今の公園トイレはモニュメント化し、シンボライズ化され、トイレの重要性ゆ社会性をその姿からも見せるようになっている。

男女別型トイレ

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トイレの周りを鬱蒼とした木々が囲んでいる。こうしたトイレはわりと珍しいが、都内の公園にもそれなりの数ある。どこも古い公園で古いトイレだから、以前のトイレの扱われ方がよく分かる。用は邪魔者扱いなのだ。誰もが必要としているのに、こんな扱い方をされた時代は民主主義もへったくれもない。
公園トイレこそ、本当の民主主義を象徴するものだと思うが、我は若い頃から銭もないのに暴君のように振舞うので、みんなからは「デベソの裸のタイショウ」とからかわれた。
無知無能でペテン師・詐欺師まがいの菅直人君よ、さっさと政治家を辞め、ロシアの永久凍土の上で座禅を組んで、己の無能を省みたらどうか・・・。。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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どことなく和風のトイレだが、それを極力控えようとする妙な努力のあとが見られるトイレ。人はどうでもいいことにあんがい精力を傾ける。たぶんそれが設置者の強い要望だったのかもしれない。みんな不思議な努力と言うか、無駄な根回しと言うか、ようはクダラナイ遊びを仕事としている。こんな仕事なら保育園の子供たちにさせればいい。
何度でも書くが、公園トイレは社会基盤の末節のようなものかもしれないが、それはそれで「ない」となると困る人々はたくさんいる。我などがその代表かもしれない。クダラナイ代表だが、これは名詞の裏あたりに肩書きとしてきちんと書いておこう。
都会にも必要だし、田舎でも大切なものだ。夕張市が財政破綻をして市内の公衆トイレのほとんどが使用禁止となった。これで死んだ人がいたかどうかは知らないが、少なくとも迷惑をこうむった人々はたくさんいるに違いない。
どんな公園トイレをどんな公園に設置するのかは民度の問題でもあるのだろう。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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とてもシックで落ち着いた感じのある静かなトイレ。利用させて頂いたが、とても安心した気分で用を足せた。しかし世間にはこんなトイレばかりがあるわけではない。鍵の閉まらないもの、閉めた扉が開かないもの、流した水が止まらなくなったもの、流した水があふれ出てくるもの、個室の内壁一面にドクロの絵がかいてあるもの、天井から雨が滴り落ちてくるもの、鳥の巣があったもの、個室に女性のドレスが飾ってあったところ、猫が入ってきたトイレ、新聞の燃えかすがいっぱいあったところなどなど・・・くだらないことをいっぱい知った。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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トイレの外カベに沿ってベンチが設置してあるタイプは以外に思うかもしれないが、あんがい珍しい。トイレの前なんかにベンチが置かれることはあのに・・・これは目からウロコだ。誰でも用が普及したり、清掃回数を増やしたりと社会状況の変化がもたらしたものかもしれない。トイレ前で佇む二人や、トイレ前で待ち合わせをするカップなんかもいずれ出てくるかもしれない。
技術の進歩が社会常識を少しずつ変える・・・。

男女別型トイレ

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遠目から見ると「仮設風」に感じるかもしれないが、いやいやとても立派なトイレである。屋根のつくりが一見西武ドーム風なのが、ちょっと気にかかるが、悪い意味ではない。
トイレの形はいろいろな要素が含まれるので、あんがい難しいかもしれない、小汚いアパート住まいの我が言うものはなはだ無理かがあるが、そこいらにいっぱい建つ建売住宅より、つまらないことに頭を使うかもしれない。
それはそうとして、立派過ぎるトイレをつくるなら、被災地にいくつの仮設住宅やトレーラーハウスが建つのか。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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男女別型(誰でも用付設)トイレ。けっこうカッコいいトイレ。和風っぽいのがどうのこうのではない。形のバランスもよく、中のきれいだった。新しいトイレなので、当然といえば当然なのだが。しかし公園トイレはカッコよかったり、きれいだったりするからと言って、いっぱい売れるなんてこともないのだろう。いっぱい売れるのは営業が上手で、わりあい安価で、構造がシンプルで、どんなタイプの公園にも設置できる形のものあたりが好まれるのだろう。そうした意味からすると、こうした既製品ではなさそうなトイレはあんがい需要が少ないのかもしれない。特注品の公園トイレを日々考えている人は毎日どんな業務に励んでいるのだろうか。知りたいような知りたくないような・・・。

男女別型トイレ

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アルプスの少女ハイジに出てきそうな公園トイレもある。ハイジの物語に公園トイレは出てこないと思うが、これも感じなのでしょうがない。ハイジは日々どんなトイレを使っていたのだろうか。だいたい童話や子供向け漫画やアニメーションに出てくる登場人物たちのトイレ事情と言うのはほとんど描かれることはない。何でもありそうな、ちびまる子ちゃんやサザエさんもそうだ。ご飯を食べる話は飽きれるほどあるのに、トイレはゼロ。これは酷い差別だ。もっと作家とか言われる「偉い方々」はトイレ事情を学ばないといけない。暇だったら教えてやるよ。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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子どもの頃、公園トイレや公衆トイレのカガミはほとんどが破損していたか、外されていた。みんなそんなにイライラしていたのだろうか。それがいつ頃からか、ガラス製ではないステンレスのような金属製のカガミみたいなものが、そこにはめ込まれているようになった。それが今では元のような、いやもっと立派な普通のカガミになっている。これはなんとなく「誰でも用トイレ」や災害用トイレの普及と関係しているような気がする。理由も資料もデータもなんもないが、そんな気がする。公園トイレを旅していて感じることだ。だから、これは東京の住人がみんな素直で良い子になったからでもなければ、権力に飼いならされたからでもない。カガミなんぞに怒りをぶちまけても一向に給料は上がらないし、美代ちゃんはこっちを振り向いてくれない。まして公園トイレの臭いカガミなんぞを小汚いアパートの部屋に持ち込んでもやることがない。新しいパンツを買ってきても1.2分でファッションショーは終わってしまう。
公園トイレの手洗いでよく洗濯をしているホームレス諸氏と出くわす。あー気持ち良さそうだと思いながら、また園内のホコリだらけの園路をヨイショ・コラショと歩き回り、つまらない木の種類や粗末な遊具写真を撮り、次へと向かう。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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かなり立派なトイレ。東京を代表する公園にあったものだから、相当な根性と銭の力に物を言わせてつくったのだろう。我のように下品なものは使わせて頂くのにちょっと気が引ける。だから手も洗わないで出てきてしまった。気弱人間の本領発揮である。都内の公園にもこれはこれはご立派と表彰したいような嫌味なほど凄いトイレはいくつもある。東京ご立派トイレ謁見ツアーでもしたいが、誰も来てくれそうにもないので止めとくが、明らかにやりすぎと思えるようなトイレは家宝ものだ。千年ぐらいすれば国宝級に扱われるだろう。いやはやトイレ様はおトイレさまだ。

大小別型トイレ

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この大小別型トイレは新しいものではない。だいたい大小別型や男女共用型トイレに新しいものなどないと思ったほうがいい。今の最新型は、なにがどうあれ「誰でも用」の機能が必要。こうした社会は日本以外にあるのだろうか。社会資本なる言葉があるが、公衆トイレや公園トイレもその末端に入るかもしれない。
それはそうとして、この夏の使用電力15パーセントカットで、それなりの電源を使う公園トイレはどうなるのだろうか。あの無計画な計画停電時は公園トイレの一部が使用禁止になった。より電気を使う「誰でも用トイレ」はこの夏、どうなるのだろうか。屋外で仕事をする人々はいたるところで「お漏らし」となり社会問題化するなんてことになったら、それはそれで面白い。みんな犬猫のように電信柱に集まり、悩む姿なんて、想像するだけでおかしい。

男女別型トイレ

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トイレ脇に大きな荷物が置かれている。海外旅行や山登りなどから帰ってきた人が公園トイレの臭いに引かれてやってきたとも考えられるが、そんな物好きは多分ニホンに一人か、多くても二人ぐらいだろう。一人は我だ。
そうでなければホームレス諸氏のものだろうか。トイレの裏や脇、或いはその他の建物の後ろなんかに諸氏は自分の荷物を
置いているが、半分以上は忘れられたものが多い。人もモノもなんと行方不明が多いのか、都会や都心は・・・。
行方不明と言うと何となく物悲しさが漂うが、モノや人の所在がいつまでもはっきりしている方が実は不思議ではなかろうか。そうじゃないと「なんとかかんとか鑑定団」も意味がなくなる。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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とてもオーソドックスな最新型トイレ。上部が大きく開いているのは空気の循環をよくするためか。
奇をてらわない。モニュメント化させない。誰もが使いやすくする。極端な小型化や大型化は試みない。清掃がしやすい体制をつくる。我はそんな公園トイレが一番だと考えている。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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男女別型に誰でも用や障害者用が付設されると、どうしてもトイレ自体が大きくなる。大きくしたくない理由があると、どうしてもコンパクトな誰でも用でみんなが使うことになる。そうすると女性が使いたがらない。使用頻度の高い男性は汚す傾向があるので、誰でも用でないと困る人々から苦情がでる。だからと言って男性用トイレを別につくることはしない。未だに小さな公園だと、トイレを園内のどこに設置するかはわりかし大変なのだ。理由はいろいろあるが、みなさんが想像していることと殆ど同じ。公園トイレの置かれている状況は大きく変化したが、それでも満足する状況にはない。簡易型トイレ風のものが相変わらず多いこと。また男女共用型も多いし、トイレットペーパーの設置も自治体によってバラバラ。
少しずつ、改善されてはいるが・・・。

男女別型(障害者用付設)トイレ

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男女別型(障害者用付設)トイレ。
どういう意味なのか、つまらないスタイルにこだわってトイレ。簡単に言うなら、使いづらいだけのトイレ。
トイレに長い間留まっていたかったり、トイレの英霊を受け止めたり、トイレから宇宙の誕生とビッグバンを想像している奴なんて、この世に一人もいないだろう。みんなさっさと済まし、見知らぬ顔で巷に消えていく。それが公衆トイレや公園トイレの切なる願いなのだ。決して、欲張らず、奢らず、でしゃばらず、楚々として地道に歩を進める、ピリリと辛くもない、社会の歯車でしかないのだ。えーと、これ何の話だっけ・・・。

男女別型トイレ

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男女別型トイレ。
公園トイレも一時期、むやみに大型化したが、駅前公衆トイレももうそんな時代をあんがい長い間続いている。
大きくて、最新式で、清潔で、広々として、防災型も取り揃え、当然誰でも用もばっちり。それでもどことなく匂うのだから公衆トイレとは不思議だ。たぶん、それほど利用者が多いのが主たる原因だろう。そう、人がたくさん集まれば食い物よりトイレ、とんまなスターより安全な行き帰り・・・これが現代社会の根本なのだ。我はその根本ばかりを訪ね歩いている。仕事でも趣味でもなく・・・不思議だとは自分が一番そう思っている。

男女別型トイレ

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男女別型トイレ。
東京23区の公園調査も今の世田谷区で全て終わる。そのあと、このトイレブログはどうなるのかと自問している。たぶん、東京近郊の自治体(埼玉や千葉)の公園トイレを見てみようと思っている。どうしても本当に古いタイプの公園トイレ写真が撮りたいのだ。埼玉や千葉でダメなら、群馬・栃木・茨城あたりまで行くつもりだ。

誰でも用型トイレ

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超コンパクトタイプの「誰でも用型トイレ」の内部は大方このようになっている。メーカーによって多少の差はある。
内部の構造をいろいろ検証している団体もあるようで、ネットで調べると詳しいこともわかる。細かい寸法なども記載されているが、未だ統一的基準はないようだ。ものによっては使いづらいタイプのものもあり、利用者の苦情も絶えないと聞く。
みなさんも自分のことと思って検証してみてはいかがか。

男女別型トイレ

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ちょっと和風のつくり。だからといってオシボリなんかが出てくることはない。お茶や饅頭も現われない。
公園によく行っているので、いろんな公園トイレに入る。趣味だからではない。仕方なしにだ。いつだったか、とある公園の普通の男女別型トイレに入って用を足して出ようとすると扉が開かない。ロックは解除しているのに、何かが引っかかって扉がうんとも・すんとも動かないのだ。体当たりをしても開かないのだ。扉の上は開いているのだが、そこから出る気にはなれない。
誰かに助けてもらおう。だが大声で他人を呼ぶのは恥ずかしい。だから誰かがやって来るのをしばらく待つことにした。こんなときにこそどんどん人がやって来てほしいのだが、5分待てど、10分待てど誰もやって来ない。困ったと思っていると、鼻歌を口ずさみながら誰かがやって来た。「すいません、ちょっと助けてください。トイレのドアが開かないんです」と伝えた。鼻歌はぴたりと止んだ。そして我が閉じ込められている扉を小さく2度3度と叩く。「このドアが何かに引っかかって開かないんです。すいませんが、そっちから強く引いてくれませんか」と申し述べた。男性はわかりましたと言い、扉を強く引っ張ってくれた。扉の内と外で一緒にやったが開かない。突然、複数の男性の声ががやがやとした。新たな助っ人が突然登場してくれた・・・そして扉がやっと開き・・・扉は壊れ・・・我はまた恥をかいた。我はなんども何度も礼を言うほかなかった。これもあんがいレアーな生きがいだったのだろうか。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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大きなトイレに見えるが、管理施設が付設されているからだ。
かなり立派なつくりのトイレだが、そんなに立派にして何かあるのか。公園トイレや公衆トイレが何らかの利権と関係するなどと思ってもいないが、何がどうかかわっているかは分からない。わからないことばっかりだ。

女障害者・男別型トイレ

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女障害者・男別型トイレ。
どちらの出入り口にも小さな屋根が付いている。それだけが特徴のトイレと言ったら怒られるか。
ちょうど、トイレ清掃の時間帯と出会ってしまった。特別、互いに悪いことをしているでもないのに、妙に意固地に薄笑いを浮かべ、妙にテキパキとことを進めた。
その日、最初に笑ったのがこれで最初で最後だった。仕事の人はどうだったのだろうか。

大小別型トイレ

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外壁のチョウチョの絵もよく分からない。森の中や草原で遊ぶチョウチョもいいが、ここはやっぱりミツバチだろう。その論拠は何もない。トイレの外壁に絵を描く手法はよく見られる。落書きをされる前に絵を書いちゃおうと言うことなのか。それならもっと落書きの酷いトイレ内はどうすればいいのか。こちらもサソリやスズメバチ、あるいはハブやマングースの絵でも・・・。
でも管理者はそんな風にはぜんぜん思っていない。みんな安全安心・清潔・即決なんかが幅をきかしている。

男女別型(障害者用付設)トイレ

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写真を見ると一本の桜の木が印象的だが、実際はそれほどの感動も感激もない。ただ桜の開花期ではどうだろうか。はらはらと花びらたちがトイレの中まで迷い込んでくると、それなりの情緒があるかもしれない。或いは誰かがカップ酒の空き瓶に桜の開花した小枝なんかを一輪ざしにて置いてくれるかもしれない。まさか桜の花で尻を拭く輩はいないだろう。便器が桜の花びらで詰まってもしょうがない。これも必要経費だろう。犬の糞とは違う。
公園に馴染むトイレはいいものだ。

男女・女障害者用別型トイレ

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先日、オンボロ我が家のトイレに不具合が生じた。貯水タンク内で水が止まらなくなった。工事屋さん来てもらうと、タンク内の部品を取り替えると水漏れが直った。タンク内に入る丸浮きは四角になり、水を流す取っ手は大小が今までとは逆になった。どうして逆になったのかはよく分からないが、技術の進歩とはあんがい大胆に迫ってくる。
我は公園以外、行くところがない。公園以外はスーパーか100円ショップぐらいにしか行かないので、美しい人々に出会うこともめったにない。そんな我が仕事で青山に呼び出され、美しい人々が通り過ぎていくのを見てはアッ・アッ・アッ・・・と赤ん坊のように目を丸くした。男も女も爺さんも婆さんもみんなきれいなのだ。誰もせんべいなど咥えて歩いていない。いい匂いもするのでクラクラする。ミツバチが減少している理由が分かるようだ。そんでもって立派過ぎるビルに入り、立派過ぎるエレベータに乗り、立派過ぎる応接間に通され、立派過ぎるお茶をご馳走され、なんだかわけがわからないうちに商談は終わり、ハイさようならとなって出てきた。受付の女性も穏やかで品がよく、丁寧に挨拶された。たぶん「小汚い田舎モノが」と後で笑うのだろう。駅近くの路上でティッシュを配っていたオネェちゃんのスカートも短かった。
これでも若い頃はナイスガイと思っていたのだ!!

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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男女別型(誰でも用付設)トイレ。
都心の公園トイレや駅脇の公園トイレは見かけを非常に工夫している。「景観を大切に」などと言うかもしれないが、単に見かけを気取っているに過ぎない。そこにはトイレ価格の明確な基準などまったく見えてこない。
確かにそうしたトイレは清掃を一日2回にしていたりして、環境に十分注意を払っているが、それと公園トイレをモニュメント化、シンボル化は何も関係ない。関係があるのは使い勝手と安全安心だ。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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ビジネス街を控えた駅前脇のトイレ公園のトイレ。ビジネスマンの利用が多いようだ。だから何だと言うことはないが、ニホンなる国はサラリーマン諸氏を片方ではとても優遇し、もう片方では苛め抜き、こき使う。片手で握手をし、片手で戦争をするのが得意なニホンジンの典型的なやり口だ。我はサラリーマンではないので、コッカにはずっと苛められっぱなしだから、いつも下克上のことばかり考えているが、だが結局やっていることは公園に逃げているだけ。その公園もコッカの思し召しのようなもの。
我はずっと「だから何だ」は生きるための万能薬だと思っていたが、実はそうではなく、これは可能な限り喋ってはいけない「禁句」であることをいつだったか知った。しかし正露丸もそうなように、万能薬はやはり魅力的。なんだかとても妙な方向へ文脈が進んでしまったが、サラリーマン諸氏がウヨウヨ・チンタラしている街のトイレはどこも立派。これジョーシキなのだ。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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ちょっと和風のトイレは、ちょっと和風の庭園型公園にあった。こういうのを無駄なコーディネートとでも言うのだろう。
こんなつまらぬ気を使うなら、ちゃんと清掃をいなさい。野草の一輪でも添えてみなさい。個室に張られたクモの巣はちゃんと取り払いなさい。水漏れはちゃんと直しなさい。トイレットペーパーの補充はちゃんとしなさい。落書きはちゃんと消しなさい。どれもこれも小学生にでも出来ることばかりなのだ。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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このトイレは女子用にだけ目隠しが付いている。これは差別ではないだろうか。
あんまりくだらんことで文句は言いたくないが、公平・公正・平等ばかりを主張されると、細かいことでも愚痴りたくなる。
今は公園などで現をぬかしていられなくなりつつある。例の放射能が東京などのわりかし離れた場所でも「ホットスポット」という地形と気流の関係で溜まりやすい場所があるそうだ。東京では新宿区あたりがそうらしい。
公園でぼんやり鼻くそをほじりながら、野良猫と追いかけっこなどしている場合ではないのかもしれない。いままで「節水のため」と嘯いて、自転車で公園トイレまで毎日やってきていた爺さんも近頃はあんまり見かけない。さぞや放射能が心配なのか、それともアル中か老衰で死んしまったのか。どちらにしても南無阿弥陀仏。

男女別型(障害者用付設)トイレ

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全体にウッドを施したトイレ。決してめずらしい訳ではない。里山風公園や緑の多い公園には山小屋風やログハウス風のトイレもある。こうしたトイレの天井やいろいろな場所にはベンジョコウロギやその他いろいろな虫や嫌われ者の昆虫がのらりくらりしている。緑が多かったり、水がじゃぶじゃぶしているのでしょうがないのかもしれないが、やっぱり掃除か行き届いていないのである。お掃除には国家試験もなければ、妙な管理士免許もいらないのだが・・・これからはそうもいかなくなるなんて情けない時代が迫っているのかもしれない。あー嫌だ嫌だ。

男・女障害者用別型トイレ

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よく分からない男・女障害者用別型トイレ。これからの夏は暑苦しそうだし、節電にもなりそうなない。節電・節電で嫌になるが、公園トイレもその対象になりかねない。既に園灯が消されたり、スポーツ施設のナイター利用がこの夏は出来なくなる可能性も高い。子供たちに人気のジャブジャブ池も電源があるので、使えるかどうかわからない。
トイレぐらい自由にオシッコさせろ!!!

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外壁のパンダデザインも分かりやすいが、今日はそのことではない。いつも公園トイレ外観だけの写真なので、今回は「誰でも用」トイレ内の写真を何枚か添付する。室内はこんな設備になっているのですよ。こんなことが分かってもつまらないなんて思ってはいけない。アッという間に、こうしたトイレにお世話になる時期がやって来る。

男女・障害者用一体型トイレ

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男女・障害者用一体型トイレ。
トイレの外壁にこんな貼り紙があった。要はどれだけシステムが進んでも結局は人々の愛がなければどうにもならない。と言うことなのだろう。そうしたことは誰もが感じていることだが、ほとんど誰も信じていない。それが今のニホンだ。我のココロだ。

男女別型トイレ

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よく見かける例のあれだが、外壁がだいぶ汚れている。中を見ると外同様に汚れが目立つ。錆による腐食も酷い。地震がきたらトイレや風呂場に逃げ込めと言われるが、このトイレではそれが怖い。
トイレが設置されていた公園からトイレが撤去されることはある。老朽化が目立つことと、近所にトイレのある公園があったりする場合だ。しかし、ずっとトイレのない公園に公園が何も変わらないのに新しくトイレだけができるなんてことはめったにない。これも至極バカ役人的だ。

男・誰でも用別型トイレ

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利用者の多い男子用と、それほどでもない方との分け方はあんがい正論かもしれない。ただし、清掃だけは両方同じようにやってほしい。あんがい人はそんな単純なことが理解できないことが多い。
女子専用の場合は中を見ることは絶対にないが、「誰でも用」だと中を確認できるのでいろんなことが分かる。分かってもこれは仕事でやっているのではないので、何の役にも立たない。別段、立てたいとも思わない。
何だかよく分からないだろうが、私自身もよく分かっていない。それがこのブログの最も不思議なところだ。

男・女障害者用別型トイレ

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今でもあるが、女子用トイレの一部に障害者用を付設されたタイプは一時多かった。男子用トイレに障害者用を付設させたものはゼロではないが、数は圧倒的に少ない。しかしそんなつくりも誰でも用型トイレの登場で一変した。場所によっては男女別型トイレしかなかった脇に誰でも用型トイレを別棟として設置する公園も出てきた。当然これはその地域を代表する立派な公園に限ってのことだ。公園調査は公園にばかり行くのでトイレに困ることはないだろう、とみなさんは思っているかもしれないが、実はそんなに甘くはない。粗末で小さな公園(広場など含む)ばかりが続くと、トイレがほとんどない場所も多い。何をやっても世間はいろいろなようだ・・・。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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ぜいぶんシックなつくりの男女別型(誰でも用付設)トイレ。オシッコなど漏らすと罰が当りそうな雰囲気をもつ。この中で煙草でも吸おうなら、閻魔様が出てきそうだ。そしていろいろダラシノない者をあーだこーだと怒鳴りつけ、ついでに出べそにまでしてしまう怖いお仕置きする。そんな閻魔様は実は実直風な小太りの中年サラリーマンを装っている。いつもは299円のお弁当を食べ、コーヒーは缶入り専門で、雑誌は立ち読みばかりで買ったことがない。それでも公園トイレにはすこぶるうるさい。これじゃまるで俺だ。

男女別型トイレ

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これだけのサイズがあって男女別型トイレとはもったいない。少し前のもののようだ。中のつくり(男性のみ)も鷹揚ににつくられていた。手洗いの前に小さなコップに入った野草の花が数輪生けられていた。以前は公園のトイレによくこのような花が生けられていたが、近頃はほとんど見なくなっていた。近所の人はみんな公園が嫌いになってしまったのだろうか。公園が迷惑施設だと言うのは本当なのだろうか。
みんなの心がどんどん、さらに輪を掛けてすさんでいるのだろうか・・・。心が曲がり、ヘソが曲がり、つむじも曲がった我でもちょっと哀しくなる。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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均整のとれたそつのないベーシックな男女別型(誰でも用付設)トイレ。こうしたトイレには安心感がある。きをてらったところがないのがオーソドックスでいいが、中小の公園ではここまでのトイレが設置できないのが現実だろう。ニホンジンの感覚には小さいものには小さいもの、大きいものには大きいものといった凝り固まった思いが深く漂っている。これが一気に爆発すると「トイレ公園」といったものにまでなってしまう。

男女別型(誰でも用及び災害用トイレ付設)トイレ

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とても立派な男女別型(誰でも用付設)トイレだが、災害用トイレに付設されている。大きな都立公園などでは震災避難指定地にもなっているので、当然こうした設備も必要になる。お金もかかることだが、地域への周知徹底及び防災訓練もちゃんとしておく必要がある。我もヘルメット(やたらと懐かしいが、当時のものとはぜいぶん違う)、ラジオ、笛、懐中電灯などをいつものところに準備している。笛は公園で拾ったもの。食料等もあるが、腹が減ると、そこからついつい盗み食いするので、我ながら困っている。
いろんなことがいつやってくるか分からない現代だが、宝くじだけは当ったためしがない。昨年末、ジャンボ宝くじをほんの少し姉さんにプレゼントしたら、数日前姉さんからドリームジャンボが送られてきた。年末ジャンボにもドリームジャンボにもサマージャンボにもぜいぶん投資したが、利息はあっち側にたまる一方だ。こちらには少しの配当も回ってこない。震災とか原発なんて配当はもうこりごりだ。

大小別型トイレ

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今のシンプルで小型の「誰でも用」とは違うが、このトイレもその時代であれはコンパクト型を代表するようなつくりの一つだろう。公園トイレも時代の影響を強く受けている。私達の社会的活動が更に広がれば、公園トイレに対する要求も更に広がり、その求められる形態もより複雑になるのだろう。どこまで公園トイレはそれに付き合うのか・・・私はそこまで見届けられるほど若くはない。それが残念かと言えば、そうかもしれないし、残念じゃないと言えばまたそうかもしれない。今最も興味があるのは、昭和40年代50年代の公園トイレだ。日本が賑やかで、ゴチャゴチャしていた時代の粗末だった公園の粗末だった公園トイレが残っているのを探したいのだ・・・。

大小別型トイレ

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屋根と言うか、天井か、まぁーどちらでもいいのだが、ちょっと変わっていた。私に言わせれば雨漏りがなく、天井からサソリなんかが落ちてこなければそれで十分なのだが、普通の方々はそれでは納得できないのだろう。大切な用を足すのだから、古今東西の英知を集めたようなトイレで、なおかつ金銀財宝をちりばめたようなトイレがいいと思う人は一生、オシッコはできないだろう。金ぴかなトイレが10年に一度ぐらいのスタンスで話題に上るが、これも相当に趣味が悪い。
公園トイレではないが、近頃の駅トイレには小便器の脇に傘掛けが付いていたりする。傘の忘れ物が多いことを物語っているのかもしれないが、忘れる奴はどんなことをやっても忘れる。みんな夜は酔っ払っているんだ・・・。

大小別型トイレ

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この大小別型トイレ前にも飲料水自販機が設置されており、当然のごとく容器廃棄ボックスもある。
「きれい」と言う言葉がある。みなさんもよく使うだろうし、我も使う。「汚い」より数段ワクワクする嬉しい言葉だ。我は目の前がとりあえず整頓されている風であれば、見えないところがどうであろうとあんがい平気でいられる。見栄っ張りのコンコンチキなのだが、このトイレと言った方がいいのか、それとも飲料水自販機と言った方がいいのかはよく分からないが・・・どちらにしろめちゃくちゃダメなのだ。それなのになにも気づかないで、一定の心遣いをする。たとえは非常に悪いが、ドロボーが他人の家に空き巣に入るとき、靴を脱いで、それもきちんと並べて置くのと少し似ている。しかし、ことの大本はこの小さな公園に飲料水自販機の設置を決めたとき、設置場所をここに指定した木っ端役人の浅知恵だ。

大小別型トイレ

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トイレの脇に飲料水自販機を置くセンスの良さどこからくるのだろうか。トイレが設置された当時からそうだったのか、それとも後にそうなったのか、そのあたりのことは当然ながら分かりようがないが、対応の仕方はあったはずだ。他人の売上(懐)を詮索するほどアホではないが、見た目よくない。何も考えていないからこうなるのだ。我のように商売センスがマイナスでもそれぐらいのことは分かる。しかし待てよ、これで売上がどんどん伸びていたら・・・世の中、何が好転するか分からない・・・だか悪転?することだって山ほどある。くだらぬ想像はやめて、仕事に励むべし。

大小別型トイレ

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公園トイレだけではなく公衆トイレのほとんどは小便器の足元はオシッコで汚れている。みんななぜあんなに汚すのだろうか。自宅のトイレでもしまりなく汚すのだろうか、それとも自宅では細心の注意を払いつつ毎日オシッコをしているのだろうか。
ニホンジンの公衆観は昔からどうなのだろうか。旧ソ連時代のトイレはめちゃくちゃ汚かったと聞く。ソ連の共産主義が敗北したのはトイレが汚かったからだと言ったら笑われるだろうか。ではアメリカの公衆トイレはどうなのだろうか。大英帝国イギリスのトイレはどうなのだろう。はたまたマドマゼール・ムッシューのフランスはどうなっていのか。バチカン市国の公衆トイレ事情も知りたい。日本の軍国主義時代はどうだったのだろうか。知りたい欲望は果てしなく広がるが、公園トイレの汚れもいつまでも広がる。

男女別型(障害者用付設)

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障害者用が付設されたトイレも少しずつ少なくなりつつある。新設されるものは「誰でも用」だし、小型は男女の区別なしで「誰でも用型」となっている。
障害者用は写真のように男女別の間に付設されることが多かったが、女子用の一番手前に付設されていることも多かった。男子用に付設されていることもあったが、それは本当に稀だった。間違えてやってしまった風に僅かだった。それに比べると「誰でも用」はちゃんと別になっているのがほとんどだが、それがベストなのかどうかはよく分からない。

男女共用型トイレ

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男女共用型トイレ。
公園トイレもそうだが、いわゆる公衆トイレの重要性が益々増している。多様な障害や健康状態に注意が必要な人々、そして社会的弱者の社会進出には公衆トイレの進化は欠かせない。そして何より必要なのは清潔さの保持である。水はちゃんと流せ。トイレで煙草は吸うな。犬の糞を捨てるな。トイレの消耗品を持ち出すな。トイレを長時間占領するな。水漏れがあったら管理所にすぐ知らせること。明かりの破損もすぐに知らせること。落書きは絶対にしないこと。むやみにトイレに立ち入らないこと。以上。

誰でも用型トイレ

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コンパクトタイプの誰でも用型トイレ。メーカーはいろいろあるようだが、小型の公園ではこうしたタイプが今主流となりつつある。ただ夏場は暑苦しそうだ。暑苦しいと言えば、男女共用型のコンパクトタイプでオールステンレス製のものがある。夏場の利用は避けたいほど蒸し暑く、水を流さなかったり、煙草を吸う輩もいるので酷く臭いがこもる。換気も心がけたタイプのものが必要ではないか。今年は頓珍漢な総理のせいで、電力不足が大声を張り上げている。トイレの冷房を訴えている身としては困った事態だ。今、こんなことを言ったら、みんなから張り倒される。張り倒したい輩が三流政治屋としていろんなことを決めている社会は不幸そのものだ。三バカトリオだか、五バカトリオだかしらないが、いい加減にしろと言いたい。早く選挙をすればいい。

男女共用型トイレ

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時節がらなのか、扉にこんな内容に貼り紙があった。「計画停電が行われている場合は水が流れません。使用しないでください」と。現在のところ計画停電は予定されていないので、さっさと剥がせばいいのにと思う。
世の中には貼り紙好きなどと変なカテゴリーもあるようだ。だいぶ前ななるが、「公園で面白い貼り紙を見たことはありませんか」と尋ねられた。ばかばかしいので無視した。
今、この駄文を書いていて一つ思い出したことがある。最初の公園調査のとき、都心の公園のトイレの大の小部屋の中にヘビやトカゲ、そしてワニなんかの皮(模造品)でデザインされた女性用のハイヒールが10足以上便器のまわりに放置され、扉の内側にこんな内容のメッセージが記されていた。「もってけ」と。世の中いろいろある。ほんとうにいろいろある。