大小共用型トイレ

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このトイレのあった地区の公園トイレはどれもこれだった。
写真一枚はこんな角度になって申し訳ない。横から見てもなんも見えんよ。

男女共用型トイレ

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こんな立派な目隠しを設置できるなら、もっと違うトイレを置けたろうと思う。そうはしないのが、木っ端役人の不思議な世界だ。
このトイレは扉を開け、中に入ると、何処も此処もぺこんぺこんしていて不思議な感覚にとらわれるので、すぐにオシッコが出る、何とも言いがたいトイレなのだ。

大小別型トイレ

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こうした形のトイレが東京の公園を席巻したのはもう何十年前になるのだろうか。
子どもの頃、公園で遊んでいてオシッコがしたくなると、男の子はみんな茂みに入り込んで立ちションしていた。公園でよく魚釣りをしていたおっちゃんも同じだった。風呂屋でよく顔を合わせるおっちゃんと公園の茂みでもよく顔を合わせた。「裸の付きヤイやのー」とは言わず、オシッコした後、でっかい体をぶるぶるっと震わせると、残りのオシッコがこっちまで飛んできそうで、気持ち悪かった。
私達がよく遊んでいた公園に粗末なトイレが出来たのは、このおっちゃんたちの「請願」によるものだと噂されていた。毎日、魚釣りしかやることのないおっちゃんたちのために区は税金を使って公園トイレをつくった。それを父親に言うと「民主主義の勝利だ」とあっちの方を向いて言った。その頃、その公園では日教組の地区集会がよく行われており、真っ赤な旗を持った小学校の先生が学校では見せない、血走った目に泡を飛ばすような口で歌謡曲でもない変な歌をみんなで口ずさみ、腕を組んでいた。それを茂みでオシッコをしたあと、同じ茂みに隠れて健一と一緒に見ていた。突然、健一が「あれは赤だ、コッカを滅ぼすアカだ」と言ったので驚いた。僕らも少しずつ変な大人になりかけていたのかもしれない・・・。

男女別型トイレ

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この形のトイレは本当によく見かける。大小共用型もあれば誰でも用が付設されたものまである。設置されている公園のほとんどは中小の公園。どんなタイプのトイレをどんな公園に設置するのは誰の権限なのだろうか。我もやってみたい、やらせてほしい。各自治体はプロポーザル流行。だったら公園トイレの設置もプロポーザルでやってほしい。とはいえ、我にトイレづくりのノウハウなど何もない。あるのは公園トイレをいっぱい見てきた目だけだ。

誰でも用型トイレ

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コンパクトな誰でも用型トイレ。こうしたタイプのトイレが全体としても最も需要があるのかもしれない。しかし、こうした誰でもが使えるトイレを敬遠する方々もいると聞く。私はトイレにほとんどこだわりがないが、そうでもない人も多いようだ。公園のトイレぐらいきれいであれば、そのほかのことには我慢するのが当たり前と思うのだが、人はいろいあるようだ。

男女別型トイレ

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撮影した当時は新しかったが、「誰でも用」が付設されていたがどうかは確認し忘れた。申し訳ない。我はあんがい忘れ物や落し物はしないが、全くしないわけでもない。初めて買ったデジカメをその日にどこかの公園で忘れてしまったし、出かけるとき、ちょくちょく腕時計をし忘れることもあるが、さほど酷いものではない。
先般の東京都区議会議員選挙の日、いつもの小学校へ投票に行った帰り、民家の塀の上に変なものが乗っているのに気づいた。それは自転車の鍵のようなもので重石を置かれたカミッペラ、要はお札だったのだ。千円札が6枚の計六千円が鍵重石の下に無造作に置かれていた。何の但し書きもない。誰かに拾われたものが、その場所の塀の上に置かれたようにも考えられる。だいたいお金を拾えば交番に届けるか、コインの1.2枚なら貰ってしまう。それが普通だろう。なんの但し書きもせずに拾った場所に裸のまま札束を置いて去っていく人もめずらしいし、いつまでもそこにあったのがこれまた不思議。たぶん、今はもうないだろうが、東京はやっぱり変な街だ。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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ガタイはでかいが、中はそうでもない。そんな見栄の塊のようなトイレ。
確かに新しい平面的な公園ではトイレが目立つ施設となる。だから設置者にとっては「腕の見せ所」的要素が強い。どこにどんなタイプの公園トイレを安く安全にそしてみんなが安心して使用できるトイレと考えるのは当たり前のこと。それで出てきたのがあんがい砂上の楼閣のようなトイレではしょうがない。今に○○区長就任記念トイレとか、○○区政誕生○○周年記念トイレなどが出てくると、とても安心してオシッコなどしていられない。

大小別型トイレ

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大小別型トイレ。
これじゃあんまり明り取り効果が望めないだろう。元々、明り取り効果など建前に過ぎないと言えばそうなのだろうが、だったらこの公園トイレの売りはなんなのだろうか。世の中は建前で出来ていると言えばそうかもしれないが、こんなトイレを誰かさんの口車に乗せられて設置した小役人はトンマとしか思えない。

大小別型トイレ

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中小公園に設置している男子用小便器はだいたい2個が普通。そのうち一つに手すりが付いている。いつ頃からそうなったのか記憶にないが、気づいたときには概ねそのようになっていた。公園トイレにおける設置基準などと言う通達を文部科学省か或いは防衛庁あたりが出しているのだろうか。気持ち悪いといったらない。トイレだけの公園をつくり、トイレをモニュメント化させ、トイレを夜間使用禁止にし、トイレを防災対応型にししたのち、これから先、公園トイレをどういじくっていくつもりなのか・・・。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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わりと大きな男女別型(誰でも用付設)トイレ。そこからもちょっと前に設置されたものだと考えられる。室内もそれなりに整然としている。公園トイレはその目的においてはっきりしているので余計なものは極力置かれていない。それはそれでいいのだろうが、そうならいろいろな安全局面をもっともっと考えて室内設備の配置を考えてほしい。なにを考えているのか分からないような使いづらいトイレもあんがいある。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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わりに新しい男女別型(誰でも用付設)トイレ。
公園トイレの旅(実は東京23区公園の調査)も現在行っている世田谷区で東京23区全てを終了する。いくら公園トイレに興味があると言っても正直ちょっとやりすぎ感もある。別段、悪いことは何一つしていないので、そんな卑下をすることもないのは分かっているが、なんとなく他人に自慢できる行いじゃない。我の楽しみは公園へ行くことを除くと、古いタオルで雑巾を縫うことぐらい。誰も信じてくれないが、これもあんがい好きなのだ。他にはなんもない。だから仕事が少し速く終わってなにもすることがないと、鼻くそなんかをほじくっている。これもあんがい楽しい。他に楽しいことや好きなことを考えてみるが一つも浮かばない。碌な日々じゃないが、結構嫌でもない。

男女別型トイレ

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だいぶ奇をてらったトイレ。公園施設がどんどんモニュメント化する中で、公園トイレもそれに追随している。そんな現況を象徴するかのようなこのトイレは小さな遊具公園にあった。○○三丁目公園はブタ公園と呼ばれ、××児童遊園はキリン公園とみんなに呼ばれている時代、私が知らなくとも近隣の人々から「おばけトイレ公園」などとと揶揄されている中小の公園はあんがいいっぱいあるのかもしれない。

大小別型トイレ

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お城形をしているトイレだが、中身にはなんの変化もなかった。甲冑もなければ大奥もない。桜吹雪もいなければ桃太郎侍もいない。要はアイデアがひとかけらもないのだ。せっかく、お城形をさせているのだから、それに続く小さなアイデアの一つもほしい。飛脚専用の厠なんかがあったらすごいのだが・・・。

大小別型トイレ

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このサイズでこのタイプであれは、今なら誰でも用一括型ににっているのが普通だろう。少し前に設置されたから普通の大小別型トイレになっている。今、普通と書いたが、これからの普通はコンパクトタイプなら誰でも用一括型で、中・大型なら男女別型(誰でも用付設)で災害用トイレのマンホールが屋外に付いており、水が使用できないことを想定してバイオ仕様にもなっていいくのだろう。普通とは、ずっとが普通なのではないことを教えてくれるのであんがい面白い。

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北側の風がピューピュー吹きすさぶ日陰の空き地に、壁に張り付くようにたてられたトイレ。公園トイレが臭くて汚い代名詞のように思われていた時代のあり方だ。時代は変わってもトイレの場所はそう簡単に変えられない。

大小別型トイレ

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公園出入り口脇すぐに設置された公園トイレ。こうなると誰の目にも公園のためにトイレがあるのではなく、トイレのために公園を設置したと考えざるをえない。それが良いことなのが、ダメなことなのかの判断はあんがい難しい。住宅地の小さな公園はそんなに立派な考え方に基づいて設置されている訳ではない。あっちの何丁目にもあるから、こっちの○○丁目にもつくらにゃあかん。公衆トイレがあっちの丁目より少ないからこっちにもつくる。それには大儀命題が必要。公園しかない、なんて考えられたら嫌じゃないですか・・・でも本当・・・よ。

大小別型トイレ

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特別なにかを申し述べるほどのトイレでもないが、せっかく写真を撮ったので載せる。
公園トイレにはいろいろな用件が持たされているが、その一つに衛生面の保持があげられる。だからといって犬の糞を人間用のトイレに捨ててはいけない。これは常識なのだ。とうぜん豚や馬の糞もいけないしライオンやゾウのものもダメ。こう考えると、いかに人間の排泄物が特別に扱われているかがよく分かる。これも感染症などを防ぐうえではとても大切なことのようだ。家畜などでは早い話皆殺しにされる。いや皆殺しにする。全ては人間のためだ。動物たちからすれば神のためだろう。それほど「偉大な人間」なのに、動植物がいなければ何も出来ない。ワクチンもつくれなければ、病気も治せない。作物だって風前の灯火だ。我もいろいろいじめられるが、それ以上に動植物をいじめている。なんだかんだ理屈をつけて苛め抜くから、これから先は怖いよ。本当に怖いよ、余計なお世話だけど。
我はさっさと死んじまうから関係ないが・・・羨ましいだろう・・・。

大小別型トイレ

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公園トイレはどんな形のものでも、どこか「別宅」のようなたたずまいを見せる。私のように若いころからジジィーの今までずっと粗末なアパート暮らしをしていても、妄想の中で別荘や別宅を憧れる。茶室があり、ヤカンを持ったエプロンの似合う婆さんお女中がおり、水槽では熱帯魚が泳ぎ、庭にはタヌキが夜な夜な出てくるのが別荘で、側室がいるのが別宅なのだ。お女中はいつもヤカンを持っていなければいけない。そうじゃないと別荘がイメージできないのだ。
公園トイレが別荘か別宅かの話は別にして、公園トイレの多くは家形をしている。べつだん、宇宙船形やロケット形でもいいのだろうが、なぜか落ち着くのは家形なのだ。オシッコぐらい家のトイレでゆっくりしたいのが、ニホンジンの憩いなのだろう。

大小別型トイレ

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あんがいステンレスを多用したトイレ。便器はステンレスではなかったが、外見もステンレスで便器もステンレスといったガンダム時代を彷彿させるようなトイレもあちこちににある。妙に機密性抜群で、夏場は汗をかくほどだったのを記憶している。よっぽどのデブが設計したのか、それともムキムキマンか。
トイレで汗をかくのは間一髪間、アレに合った時か、それとも便秘で奮闘中のときぐらいだ。「おれ、トイレに入るとものすごく汗をかくんだ」などと言う人はいろいろ問題があるかもしれない・・・。

大小別型トイレ

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幾度、ペンキを塗りなおしたのだろうか。幾度、落書きを消したのだろうか。幾度、便器を壊されのだろうか。そんな侘しい戦いの跡が感じられてメランコリーになるトイレ。公園の主役になることもなければ、市民参加による公園づくりでも話題に上ることすらなく、だらしのない輩に犬の糞を投げつけられても文句一つ言わず、ただぼーっと立っているいるだけで、間違ってライトアップされたら世間から失笑され、日夜シロアリに蝕まれているだけのトイレの大逆襲はあるのか。
世間をアッと言わせる明智光秀のような謀反はないのか、はたまた正義の味方大石クラノスケはどこへ行ったのか。高倉健と鶴田浩二は義理と人情を背負ってやって来てくれるだろうか。あるいは七人の侍や荒野の用心棒はまだ遠いのか。マッドマックスよ、君はもう永遠なのか・・・。ロッキーよ、一発で決めてくれ。
後半はメチャクチャな文章になってしまった。

男女別型トイレ

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古いトイレ。本当に古い。だが、めちゃくちゃ古いわけではない。本当はめちゃくちゃ古いトイレの写真を今は撮りたいのだが、東京23区の公園ではもう見ることはできないのかもしれない。なにせ、東京23区公園の再調査も今行っている世田谷区で全て終了するのだ。終わるからといって特段感想らしきものは一つもない。ただ最初の調査に比べると3倍以上の年月をついやしたのを「時間をかけすぎた」と後悔しているぐらいだ。それにもうひとつ付け加えるなら、めちゃくちゃ古いタイプの公園トイレを最後に一つ写真に撮りたかったことぐらいだ。古いトイレを求めて全国を旅するもの良いかと思うが、そんな余裕は今の私にはない。みんなそれぞれの夢を持っているのだろうが、最後の最後の夢が公園の小汚い古いトイレを見ることだなんて、数年後には百歳になる母に言えるわけはない。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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女性にとって、お花見時の公園トイレは大変気を使うようだ。新しくきれいなトイレだったが、状況が逼迫してくればそんな悠長なことは言ってられない。急がば回れと言えなくもないが、やはり並んだほうが確実に順番は近づく。トイレはバクチにむかない。お花見時ぐらい園内には臨時の仮設トイレを設置する場所もあるが、今年のような状況ではそれもなかなかだし、女性は簡易トイレを嫌がる。公園内にトイレをいっぱいつくれば近所の住民から苦情がでるし、都市公園としての基準から外れる可能性もある。公園トイレから見ても、公園はいったい誰のため、何のためにあるのはほとほと分からなくなる。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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わりと新しいトイレ。中もお花見時期にしてはきれいだった。まだお昼をちょっと回ったあたりなので、夕方あたりにはどうなのだろうか。こりトイレブログでは、男女共用型や大小別型は全体から中までを見て回ることができるが、男女別型では女子用に入ることは絶対にない。役所から依頼された調査でもなければ、トイレメーカーからの仕事でもないので、イザコザが起きたら困るからだ。こんなことだけは極めて真面目な常識人なのだ。だから公園トイレの女子用の清潔具合などは把握のしようがない。懇意にしている暇なねぇーちゃんでもいれば手伝ってもらうこともあるかもしれないが、憎まれることがあっても我を手助けしてくれるような女性は10歳から70歳まで一人もいない。仕方がないのでロボット戦車でも使って調べてみたいが、そんな余裕もない。ビンボー暇なしはいろいろ残念なことが多い。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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大きな天窓が印象的なトイレ。これなら待ち合わせ場所がトイレでもよく分かる。
東京23区にはトイレだけの小さな公園もある。木も潅木がわずかに植えられているが、ほとんどトイレのみ。誰のための公園なのか。そして誰のためのトイレなのか。駅前や歓楽地の小さな公園がどんどん廃止され、有料駐輪場と化している。これも時代の流れなのだろうか。昔、駅前には物語りを奏でる空気と雰囲気があった。駅を出るとそこから何かが変わるかもしれない雰囲気もあった。当然、そこには粗末な遊具を備えた小さな公園もあり、そこで人と人の交わりもあっただろう。電車を待てばトイレにも行きたくなる。昔の駅トイレや公園トイレは汚い・臭いの見本のような場所だった。池袋に出来たばかりの三越百貨店のトイレに入ったとき、ここはこの世のものとは思えなかったほど素敵だと感じた。我はここで初めて「素敵」と言う言葉を知ったような気がする。ここに住みたいと本当に思ったのだ。そしてタダと聞いて腰を抜かしてしまった。当時の我の生活とはまったく異なっていた。

風邪を引く

一発で酷い風邪をひいた。熱でフラフラするし、鼻水も絶え間なく出る。寒気も酷い。咳は出るし、ノドも痛い。メチャクチャ辛い。てなことで今日はこれでお許しを頂きたい。明日から通常に戻るつもりだが、ジジィーの風邪は大病のもととも言われるので、今日この時点では何とも言えない。いろいろ生意気ななことばかりしているので、罰が当ったのかもしれない。

男女別型トイレ

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混んでいるトイレで順番を待つやるせなさと言ったらない。お母さん、助けて・・・神よ、思し召しを・・・我が心に愛を・・・オーマイゴッド・・・それでもダメなら草むらか茂みに逃げ込むべし。それも無理なら・・・もうわからない。
それほどまでにトイレは大切な存在なのだ。お忘れなく。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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お花見時の公園トイレは大人気。人気じゃないか・・・。写真のような行列はまだまだ序の口で・・・女性はお婆ちゃんかに子どもまで大変だ。
では、公園は立派で、ソメイヨシノもいっぱい咲いていて、芝生広場もあって、楽しい遊具もあちこちにあり、売店では熱々のたこ焼きも売っており、迷惑な酔っ払いもいなく、きれいなトイレのいっぱいある公園はないだろうか・・・と頭を巡らした。結論から先に言うと「・・・」。教えない。何でも教えると思ったら大きな間違いだ。我は偏屈で嫌われ者のジジィーなのだ、何度も言っている通り。

男女別型(障害者用付設)トイレ

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ちょっと古臭い感じもするは「誰でも用」ではなく「障害者用」が付設されているからなのか。「誰でも」用と「障害者用」はどことなく似ている感じもするが、まったくの別物と考えた方が間違いない。どう根本的に違うのかは過去に何度も書いているので、そちらを参照してください。
それなのに、内部施設をほとんど変えずに看板だけを書き換えたりするトイレもあるので利用者は注意が必要。

男女別型トイレ

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見た目よりだいぶ年月を経ている。カラーリングで古さをごまかしている。公園トイレなどそうそう新しくできるものではない。それよりもっと先にしなければならないことは山ほどある。公園の開発など次の次でいいと思っているが、安全にだけは全力を注いで欲しい。公共が今、シンを問われているが、民もやるべきことをちゃんとやらねばならない。もう何事においてもおんぶに抱っこのやり方は止めないといけない。おんぶに抱っこが大好きな子どもだって、いつまでもそれが出来ないことぐらい知っている。

大小別型トイレ

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このときも自転車でわざわざ公園トイレにやってきたお年寄りがいた。自宅のトイレを使いたくないのか、それとも使えないのか・・・そのあたりのことはわからないが、こんな年寄りはあんがい多い。水道代を節約しているのかもしれない。それほど高齢者福祉環境はアナボコだらけでお粗末極まりないのだ。だからと言って「どんどん使って」とも言えない。公園トイレは公園利用者のために設置されているのが本来の目的なのだと、管理者はのたまう。そうかもしれないが、タクシー運転手も、都市ガスの検針者も、ルート配送車の運転手も、ウダツの上がらないセールスマンもみな公園利用者じゃないけどいっぱい公園トイレにやって来る。

男女別型トイレ

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頑丈そうなのがスゴイ。感想はそれだけ。ただし、外壁にはわりと大掛かりな絵が描かれている。
トイレの外壁にいろんな絵やデザインを施したものはよく見かける。みんなで大切に、そしてきれいに使って欲しい気持ちを表しているのかもしれない。でなければ落書き対策だ。先に絵を書いておけば落書きされないと先手を打っているのかもしれない。この手法はわりあい見かける。どこかの区は古いトイレの外壁に、どこやらの美大の学生にいっぱい絵を描いてもらっていた。どれも派手なだけでくだらないものばかりだった。
どこの公園だったか忘れたが、トイレの外壁にカブトムシを書いていた。暑い日だったこともあって「やられた」と思った。すごくカッコいいと思ったのは日射病にやられていたせいなのだろうか。今年の夏は電力不足で大変らしい。真夏の公園はそれでなくともくそ暑いので十分注意していろいろやってほしい。

男女別型(出れでも用付設)トイレ

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管理棟に付設されたトイレ。
管理棟をリニューアルしたときにつくられたトイレのようだ。管理棟内にトイレを付設する手法はわりあいよく見かける。管理が行き届き、防犯などにも効果があるからなのだろう。しかしこうしたトイレは時間と共に閉められる。やはり保安を考えてのことだろう。そうであると園内にはもう一つのトイレが必要となる。いつ、誰が、深夜の公園トイレにやって来るとも限らないからだ。だいたい深夜に公園トイレにやって来る輩にろくなモノはいない。早寝早起きは三文の徳を知らぬ不遜な輩だ。
公園は夜間閉園せよ、これが私の主張だ。これなら公園トイレも一つで済む。

男女・大小共用型トイレ

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この形のトイレは東京23区のとある区で大量に採用されている。ほとんどが小さな公園だ。因みに都内の公園の大部分は小型なのだ。
私のように公園トイレを旅して歩いている者にとっては大変つまらない。新旧取り混ぜたいろんなトイレがあってこそ、公園トイレの旅は楽しい。デカイの、小さいの、銭をいっぱいかけたもの、安いだけがとりえのもの、野の花を生けたもの、野良猫が棲家としているもの・・・などなど・・・楽しくてしょうがないのだ。だから同じタイプのトイレばかりを集めるのは是非やめていただきたい。もう遅いのだが、心よりのお願いなのだ。

男女・大小共用型トイレ

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公園トイレの中で最も粗末なのがこの形のもの。工事現場やイベントなどで使われているアレ。
しかし、この公園のこれはちょっとだけその姿が異なっていた。それは立派過ぎる目隠しがどかんと付いていたことだ。この形のトイレにはあまり目隠しなど付いていない。そんな優しさがあるなら、もっとまともなトイレを設置したはずだ。
トイレの扉を開くと中はとてもきれいだった。立派な形のトイレでもぐちゃぐちゃに汚れたトイレは実に多い。やっぱり形じゃないんだなぁーと頭では分かるんだけど・・・。

大小別型トイレ

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もうこうした形のトイレが新しく出来てくることはないだろう。それは社会がもっともっと進んだ形のトイレを要望しているからだろう。しかし、そんなに最新型で安全で安心で複雑で高価なものばかりを社会は追い求めていていいのだろうか。税金の使い道はたくさんある。
私たちも古い年月を経たものを大切に使わねばならない。水漏れしていたり、詰まっていたりするのを見つけたらすぐに管理事務所に連絡したり、可能な限りきれいに使うことを心がけることが大切なのだ。トイレをきれいに使うことは子どもの頃、親によく言われた。親だって、そんなに立派な人ばかりじゃないが、きれいが嫌いな親はいないだろう。
みなさん、トイレをきれいに使っていますか。

男女別型トイレ

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装飾やアイデアのかけらも見られないトイレだが、これはこれですこぶる機能的。個人的にはこうしたモノが良いと思うのだが、世間はほっておいてくれない。お城形にしろだとか、宇宙船形がいいだのとか、ホテル風が素敵だの、帆船形もいいなぁー、はたまた刑務所形も懐かしいなどとわがままを言う。そうした形のトイレは東京23区の公園にいくつもある。
そんなにトイレをいじくってどうしようと言うのだ。

男女別型トイレ

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公園トイレも花見の季節は大忙し。簡易型の仮設トイレを出現させる公園もあるが、今年は大震災の関係でどうなるのだろうか。仕事の関係で各自治体のHPをよく見ているのだが、関東東北地方だけではなく、全国的にお花見時における各種のイベントは次々に中止されている。やはり節電が全国的に影響しているのだろう。
花見の季節、私はあんがい里山に出かけている。そこで、カタクリなどの山野草を見て歩いている。本当は山登り風のこともしてみたいのだが、医者に止められている。仕方ないので、貴重な山野草やワサビの花なんかを見て一人喜んでいるのだ。本当はヘビなんかとも友達になりたいのだが、彼らは未だ冬眠中。ここでもやっぱり仕方ないので名前の知らない変な虫さんとだべっている。山菜取りはもう飽きたのでほとんどしない。あとは川やせせらぎがあると、石の上に座り、一人ぼんやり仕事なんかのことを考える。他に考えることはないし、仕事は何でもあんがい好きなのだ。
そんな一日でも春は確実に深まり、、あっという間にゴールデンウィークがやって来る。
我の公園トイレの旅はまだまだ続くのだ。

男女共用型トイレ

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ちょっと小奇麗な男女共用型トイレ。しかし設置が少し前だったためか、誰でも用ではない。ここいらが設置する時期の難しさか。ここで改めて「誰でも用トイレ」の設備について簡単に記しておく。
1.オストメイト対応型であること。
2.折りたたみシート付きであること。
3.オムツ交換用シートがあること。
4.手すりが設置してあること。
5.多目的棚の設置されていること。
6.回転スペースが確保されていること。
7.手洗器を便座近くに設置すること。
8.非常用ブザーの操作は便座に座ったままで使用できること(上下2ヶ所)
以上あたりかと思う。

男女別型トイレ

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バブルの絶頂期にでも建てられたトイレなのだろうか。見た目はデカイが中はがらんどうでお粗末。
このトイレは小さな花壇公園(遊具もある)にある。花壇を手入れするボランティアの人々の意向に沿って建てられたものなのか。そのあたりのことはわからないが、自分の主義主張とは無関係に人はみな自分の要求を声高に叫ぶ。いつの時代も大声は他人を圧倒し、得なのだ。歴史上の「偉大な人物」はみな声が大きそうだ。
ビンボーそうなあなた、あなたはどうですか!?

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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これも最新型トイレの一つ。
公園トイレの多くが、こんなに立派な姿になるなんてことはありえないので、立派なトイレじゃないと嫌というお姫様方々は決して生き延びることはできない。避難所が公園しかなくなると、それはもうほぼ限界状態で、立派なトイレはぐちゃぐちゃ、立派じゃないトイレはどろどろ。そんな状態が延々と続くことが予想される。立派できれいなトイレなんて平時のことで、あとは野となれ山となれ・・・でしかない。そうした状況を少しでも軽減し、お姫様・お嬢様も生き延びてみようと思わせるには、平時に公園トイレや公衆トイレをきれいに大切に、そして安全に安心して使うように心がけていることが大切なのだ。練習でできないことは試合でもできない。これはトイレも同じで、普段からきちんとトイレを使っていないと、もしもの時にきれいに使えない。みんな財布の中にいろいろなカードを忍ばせているが、「私は公衆トイレをきちんと使っていますカード」があったら、ぜひ持っていたいと思う人は手を挙げて!!

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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男女別型(誰でも用付設)トイレ。
最新型トイレの一つだろう。形は別にして、全体サイズはちょうどいい大きさなのだが、男子用小便器が二つしかないのが気にかかる。区立公園としては大きな公園なのに、この数では全く物足りない。小便器を一つや二つ足したところで価格はさして変わらないだろうが、ここのつくりではそうした増設対応も難しそうだ。
この公園には管理施設に付設されたものを含めると三つの公園トイレがある。だからと言って小便器を極端に少なくする理由にはならない。たぶん、少ないのには何らかの理由があるのだろう。公園管理者にはくだらない内緒ごとが多すぎる。

大小別型トイレ

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こうしたタイプのトイレも設置された当時としては当然新しいものだったのかもしれない。それが時間の経過と共に使い勝手のよくないものになってしまった。時間はモノをかえ、人をかえ、モノと人の関係にも大きな変化をもたらす。我のようなボンクラジジイーが今更言わなくとも幼稚園の子どもですらわかることだ。だったら、それに少しでも対応できるタイプのものをつくる(供給)するのが管理者の役目だろうし、そうしたモノを設置させるのが地域社会だろう。変化に対応できうるものの開発が公園トイレにも要求される。そのことをみんなに考えてほしい。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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デカイ天窓が印象的なトイレ。女子用は知らないが、男子用の中はそれほど広くない。全体として見掛け倒し風のつくりだ。
この公園は違ったが、広域防災拠点としての役目も大型公園は持たされている。だから雨などがしのげる天井の付いた簡易ドームのような大型施設も建てられるようになった。トイレだって雨風が十分しのげるようなつくりのトイレが今後増えてくるような気もする。今まではトイレの不正利用を敬遠して、雨は防げるが、異様に風通しの良すぎるトイレが多すぎだ。これには臭いなどの他の要素も勘案されてのことだろうが、防災や震災が切羽詰った状況の日本にはもうそんなことは言っていられない雰囲気がある。雰囲気で物事を進めてはいけないことぐらいノータリンの我も知っているが、写真のような見かけばかりを考えたトイレを見ていると、やはり不安は募る。

大小別型トイレ

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公園トイレを特集しているこのブログなんて、誰も見ていないとずっと思っていた。それはほとんど100パーセント近い確信だった。それに公園トイレを特集していると言っても写真のほとんどは外見のみ。楽しいことも悔しいことも何一つ書いていない。それに文章も楽しくないばかりか、愚痴のオンパレードで、典型的なくだらないブログの一つだと自負していた。
そんなこのブログのアクセスを久しぶりにチェックしてみたら、やっぱりゼロだったのではなく、腰を抜かすほどの数を日々示していたのである。たぶん、東北関東大震災の影響かと思う。しかし、このブログを見たって公園トイレの詳しいことなど何一つわからないはずだ。そんな風に書いていないからだ。
大震災時に使うことになるだろう公園トイレや公衆トイレのことが気になる人はご自身の近場の公園トイレなどを自分の目と足で確認しとく必要がある。自分のことは自分でするが、何事も最初の一歩なのだ。
もう少し時間がたてば、また誰も見ないトイレブログになるのだろう。それの方が安心していられる。

男女別型(障害者用付設)トイレ

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外の光を取り入れるのは何も天窓だけではない。壁面の一部を窓のようなものにすれば、そこから光が入る。写真のこれもそうした一つ。今、節電が求められている。公園施設も時計、外灯などの電源がクリークエネルギー等からのものに代えられつつある。公園トイレの電気もいずれそうしたものになるだろう。そして明るい昼間は壁面の窓から太陽を。
みんな急ぎたがる。しかし現実は一歩ずつ、或いは一段ずつしか進まない。髪だって、歯だって、気が付けば真っ白になっていたり、総入れ歯になっているが、実は少しずつ、そうなっていたのを見てみぬふりをしていただけなのだ。毎日をとぼけて生きていても、時間はちゃんとのしかかってくる。あんがい、それもいいもんだと思うようにしている・・・。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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調査時、このトイレは新しかった。それから年月を経ているので、今の状況は分かりかねるが、公園自体も新しかった。
現在進行中の東北・関東大震災では官房長官と名乗る男や、おたおた口ごもる大臣ども、そして原子力施設をつかさどるチンケな役人、更には御用学者と思しき学者(教授)風情どもが朝から晩までテレビを席巻している。東電の幹部(患部と言った方が似合う輩)も写る。
我がまだ若いころ、小松左京氏の「日本沈没」が売れた。映画もテレビも、そして主題歌もヒットした。物語の中に在野で天衣無縫の地震学者が登場し、「日本は沈没する」とわめくが、無視され続ける。そんなシーンが脳裏にこびり付いている。
テレビに出てくるみんながみんな「原子力発電は安全。現在の放射線は今のところ安全な数値」と口を揃える。本当にそうなのだろうか。ニホンジンは「大本営発表」を信じ、悲惨な運命をたどった経験を持つ。今の状況は大本営発表がテレビや新聞などの巨大マスメディアに変わったに過ぎないと言ったら怒られるだろうか。
真偽のほかは定かではないが、みんなが同じことばかりを言い過ぎると、どうしても疑いたくなる。疑いたくなる要素も感じる。原子力発電についても疑問がいくつもある。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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周りに何も置かない、とてもシンプルな場所にトイレを置いている。いつ何時公園トイレの重要性が増すか分からない社会では、誰でもが安全に利用できるよう、その周囲にも十分配慮をしておく必要がある。社会資本の充実は当然のことながら公園にも及ぶ。大都市の構造(システム)に公園は必要不可欠な施設となっている。公園を利用しての「賑わいづくり」などと言うわけの分からないことは後回しにしてかまわない。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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トイレに来て体のゴミを捨て、ついでに空き缶なのどのゴミも捨て、更についでにアマッタラシイ飲料水も買ってもらい経済効率を高めたい思惑が見て取れる。ここ数年、公的機関のHPにいやらしいほどおびただしい数の民間有料バナー広告が貼られ、飲料水自販機等の入札導入も加速度的に進んでいる。みなさんはあまり知らないかもしけないが、各役所の中で使われている何千台ものパソコンにも民間広告が掲載されるようになっている。その他、各種証明書を入れる封筒などにも広告が付いている。寄ってたかって民間からの銭集めに奔走している姿がある。これなど効率化とは程遠い姿だ。
大型公園などにもネーミングライツが導入され銭集めに奔走している。もっと見栄えの悪いのは名の通ったプロムナードにもネーミングライツが導入されつつある。はっきり言ってみっともないのにも程がある。
公園に正面に堂々と置かれた飲料水自販機から見えてくる、或いはそれに隠れている物事にはいろいろある。単なる利用者サービスなどと思っていると、後々とんでもない事象が待ち受けていたりする・・・怖いのだ、恐ろしいのだ・・・。