男女別型(誰でも用付設)トイレ

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真新しい公園で、共用開始前に入り込んで写した写真。みなさんはこんなことをしてはいけません。私だっていけません。懺悔。
当然、トイレ入り口は閉ざされており、入ることはできなかった。たぶん、水も未だ流れなかったろう。私のような公園バカでも新しい公園に設置された真新しいトイレに一番で入ったことはない。たぶん経験できないで公園調査も人生も終わるだろう。残念だが仕方ない。仕方ないことは誰にでもあるだろう。内容も多岐に渡るはずだ。家族のこと、オンナのこと、友達のこと、銭のこと、借金のこと・・・何度も書くが、仕方のないことはいくらもある。オンボロアパートにちょくちょくやって来る野良猫に「どうだ」と聞いたら、ニャーとも言ってくれず、サッと逃げられた。また逃げられた。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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最新型トイレの一つ。誰でも用の扉が重いタイプのものから少し軽くなっていた。私の意見が通じた訳ではないだろうが、誰でも考えることは同じようだ。
この公園トイレブログも相当いい加減でチャランポラン風に感じるかもしれないが、私なりにちゃんと考えているつもりだ。根がアマチャンなので、ふしだら風に思うかもしれないが、トイレのような生きていくために大切な施設をチャランポランに風刺するほど間抜けではないつもりだ。ただアホでチンケなノータリンなジジィーなだけだ。

大小別型トイレ

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相も変わらずすかすかトイレ。これじゃ野良猫にも嫌われる。そうは言っても工事現場などで見かける簡易型のトイレよりは十分ましだ。上を見ればキリがないし、下を見てもキリがない。何かにとても似ているが、こちらの唯一のとりえは無料なことだけ。しかし、いつまでも公園トイレが無料だなんて思いなさんな。世の中は着々と変わるし、下克上だってある・・・。

大小別型トイレ

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まだまだ続くすかすかトイレ。
スカスカ頭でスカスカ財布を持ち、スカスカパンツをはくジジィーとしては違和感など全くないが、そう感じるのは小心者だが、無鉄砲さも持ちえる我輩ぐらいかもしれない。ちょっと前までは、薄暗く、臭い、そして不潔なのが公園トイレや公衆トイレ、そして駅トイレの代名詞だった。ちょっとぐらいスカスカなのは何でもないはずだ。我だってスカスカな身で世間づれしながら生きている。大震災地のトイレ事情を考えれば、これなど立派過ぎる。頑張ろうニッポン。

大小別型トイレ

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上も横もスカスカな形のトイレ。これでも特段の不便はないが、やはり場所柄、もうちょっと囲いがほしい。
なぜかこのところ、こんなトイレばかりが続く。小さくて粗末な公園が続いたことと関係があるのかもしれない。「なくてもいいが、あればちーとエエ」程度の認識で設置されたのが、こうしたトイレだと評論したら、怒る人もいるだろうが、たんぷそんなことだろう。
今起きている大震災に関するニュースをテレビ等でみなさんも見ていると思うが、時々、避難所でのトイレのことも話しに上っている。これから衛生や病気、へたをすると伝染病に係る事柄も出てくると思う。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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トイレ名をでかでかと書いたトイレ。公園トイレはそんなに宣伝しなくともよいと思うのだが、管理者はそう思わないのだろう。相当自信のあるトイレなのかもしれないが、内部は普通だし、金の便器もなければ、ダイヤモンドのちりばめたトイレットペーパーもない。天井に忍者は隠れていないし、流す水にワインは含まれていない。要するにフツー。管理者の頭だけがイジョーなのだ。

大小別型トイレ

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こんな形のものがちょっと前までの小型公園トイレの典型かもしれない。そういう意味では公園トイレや公衆トイレは大きく進化した。今起きている「東北地方・太平洋沖地震」でも避難所でのトイレは既に大きな問題になっているようだ。
公園トイレで今オシッコをしているあなた、そんなことを少しは考えないといけない。水はちゃんと流しましょう。

男女別型トイレ

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このトイレも上部がすかすか。臭気抜きかもしれないが、今であればそれなりの工夫がされるだろうが、少し古いこうしたトイレでは冬、オシッコはしたくない。霜焼けになりたくないからだ。我慢できれば、一流ホテルか一流デパートか一流国会議事堂か一流総理官邸あたりのトイレがいい。100円ぐらいなに銭を払ってもいい。そうした建物は何処も一流かもしれんが、中で動き回る輩は不思議な人種ばかりのようだ。
まぁー真冬なに用もないのに公園へ行く人などはそう多くはないだろう。私は多くない人の一人だが。何か文句あっか。ご迷惑か。

大小別型トイレ

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ぜいぶん寒そうなトイレ。大を使うのも、小を使うのも相当に寒そうだ。尻が霜焼けになったらどうするのだと自問自答したい。
トイレに行くのにアンカは邪魔だし、湯たんぽは大きすぎる。
数年前、手のひらなどに塗るだけで暖かくなると宣伝されていたものをドラッグストアーで買い求め、何度か塗ったが効果はほとんどなかった。寒いときは一杯やるか、可愛いねぇーちゃんといろいろやっているのが楽しくいいが、そんな妄想はとうの昔に飽きた。もうすぐ春で、お花見や何やらで公園トイレを使うことも多くなるだろう。少しは公園トイレの現状を自分の目で確かめてみては如何か。

男女別型トイレ

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蓋をしたような屋根で心もとないが、これでも雨漏りはしないようだ。
公園調査ではいつ雨に降られるかしれないのでショルダーバッグにはいつも折りたたみ傘を入れているが、今日は平気たろうと思う日に限って途中で雨に降られる。それが公園にいた時であれば、だいたいはパーゴラ下かトイレに逃げ込む。逃げ込むことができないようなタイプのトイレの時は木の葉の下にでもいて、虚しさを感じたりしている。公園には雨宿りができる場所がすこぶる少ない。野宿者を防ぐためのようだが、災害時などを考えれば、もうすこし他のことも考える時期がきているように思うのだが・・・。
雨宿りで思い出したのだが、半村良の小説に「雨やどり」があった。新宿裏通りのバーのバーテンダーと通りすぎていく人々を描いた素敵な作品だったが、公園ではそんなことも100パーセント起こらない。トイレ出入り口で雨が止むのを今か今かと待っていると、びしょびしょの厳つい男が憮然とした表情でやってきて、私の顔を見るなり「煙草もってっか」などと脅す。昼間から酒の匂いがするようなこともある。なんてついてない日なんだと天井を見上げると、そこにはどう言うわけか黒猫がいてニャーと鳴いたりする。厳つい男がその鳴き声を聞いて「そうか、お前も行くところがねぇーのか」などとほざく。公園の雨宿りはどうにも男臭い。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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「誰でも用」らしきものが付設されているが、扉の形などから判断すると、元々は「障害者用」だったものを更新したのかもしれない。トイレだけを次から次と新しくするのも難しいたろうから、こうしたこともありうるだろう。
公園をつくるとき、現代では何が最も大切だろう。当然、全ての施設と設備を安全で安心して使ってもらうのだから、どれがどうと言うことはないかもしれないが、あえて私に言わせるなら、ものすごく地味だが、園路ではないだろうかと思う。園路などどこもちゃんと出来ていると思うかもしれないが、なかなかどうして、そんなにちゃんとはしていない。公園の社会的重要性がどんどん増す中、誰でもがどんな時でも安全に安心して移動できるようになっていなければならない。それが社会資本と言われる公園の勤めなのだ。

男・誰でも用別型

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こうした男・誰でも用別型トイレには点字の説明があってほしい。それが「誰でも用」の基本でもあるに係らず、点字の説明がないものが多いのはなぜなのだろうか。だいたい、公園トイレや公衆トイレは誰が考えているのか。そこに障害者等々の生の意見は反映されているのだろうか。疑えばきりがない。

男女別型トイレ

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とてもよく見かけるタイプのトイレの男女別型バージョン。だいたい何とかバージョンと言うのは面白くないし、売れない。
提供する方は柳の下のドジョウを3匹も5匹も狙いたがるが、獲物はだんだん小さくなり、ついにはユスリカの幼虫赤虫も釣れなくなる。私も子どもの頃、公園の池でよく釣りをし、クチボソなんかを釣っていた。たまにタナゴも釣れたが、大物など一度たりとも釣れたことがない。それがこの年になってもなんとなく釣りが好きだ。そこいらへんの粗末な渓流に行ってただ糸を垂らしているとちっちゃなヤマメなどが勝手に釣れていたりする。努力の結果ではないので、さして嬉しくないし、あまりに小さいので始末に困る。たまに知人と釣りの話になると酒の酔いにまかせて「俺も渓流釣りをする」などと口走り、つり上げたヤマメのサイズも十倍ぐらいの大きさになり、渓流の場所も過酷な山の中になったりする。あーヤダヤダ、自己嫌悪と絶望が襲う。
そんな時代もちょっと前まであったような気もする・・・。

大小別型トイレ

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大小別型トイレ。
これなどもう古いトイレの部類に入る。
先日、公園で防災イベントが行われており、災害用屋外トイレの説明が行われていた。町会世話役のおばさんが園内で遊んでいたいろいろな人々に「ぜひ参加してみてください」と口説いて歩いていた。バトミントンをしていた男子高校生グループもがやがやしながら説明を聞いていた。なかなかよろしい。
詳しい説明?と写真はいづれアップする。
それにしてもアホのように公園通いを続けていて、初めて災害用屋外トイレの説明を見た。

大小別型トイレ

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これも表示は男女別だが、実は大小別型トイレなのだ。わざとごまかしているようにさえ思えるが、木っ端役人どもやその手先どももそれほど頭が回るとも思えない。要するに頭が硬直しているのだ。気おつけた方がいいが、これを設置した人々は既にあの世にめせられている人々である可能性が高いので、脳梗塞も脳溢血も心配ないだろうが、公園トイレ利用者はいつまでも被害者であり続ける。この世での間違いをあの世で正せないのは合点がいかないが、そのあたりのことは我も近じかそちらへ旅立ちそうなので、出迎えのほど、宜しく頼む。そしてじっくり尋ねる。
公園トイレではないが、また重大な犯罪がスーパーのトイレで起きた。トイレ信奉者としては甚だ悔しい。
明るいトイレ、安心安全なトイレ、健康で優しいトイレ、清潔な公園トイレ等々を目指して、このブログを続ける。あれっどっかのトイレメーカーのコピーのようになってしまった・・・。

大小別型トイレ

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マークは男女別になっているが、構造は大小別型のトイレだ。こうした詐欺まがいの公園トイレはよく見かける。
手洗いが外についているのも古い感じがある。公園トイレのすぐ脇に水飲みを設置している公園は大方古いつくりだ。こんなことを覚えていてもマッチ1本分も得ではないが、鼻っ柱の高い、小生意気な小娘と仲良くなったら、そんなことを一つ教えてやると面白い。どう面白いかは、ご自分で・・・。

大小共用型トイレ

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このトイレを以前は「男女共用型トイレ」と説明していたが、より正確を期すために「大小共用型トイレ」と改めることとした。ご理解頂きたい。
それにしてもこのトイレは公園用としてよく売れたのだろう。本当にいろいろな公園で見かける。あまり大きな公園にはなく、ほどほどに小さな公園がメインステージのトイレだ。東京の公園の大部分は小さな公園なので、多くの需要があったのかもしれない。それにたぶん比較的安かったのだろう。よく見てみるとそれがわかる。このトイレにはいくつかのバリエーションタイプもある。あるが、そちらの方はいろんな意味でマーマーだ。
公園にトイレを設置するかどうかの判断はどのあたりにあるのだろうか。都立公園のような大きな公園は別にすると、区立や市立の公園でも大きい公園にはほとんど設置されている。しかし、古い公営集合団地周辺にあるような古い公園にはトイレのない場所も多い。その公園利用者を団地の人々と想定していたからだろう。商店街などに隣接する小さな公園にはほぼトイレはある。これはなんとなく理解できる。また住宅地などに新たに出来る小さな公園はホームレス諸氏の扱いでトイレの有無が決まることもあるようだ。ビジネス街の公園にトイレは付き物。デザイナーズトイレと言いたいほど浮ついた感じのものも見当たる。また、名称こそ公園ではないが、「広場」や「遊び場」と言った利用者が「公園」と思って使っている施設にはトイレがあったり・なかったりする。その施設の大きさにもよるが、それらがどうして公園にならないのかの理由によることも多いようだ。この場合、設置されているトイレは粗末なタイプのものが多いと一言付け加えておく。
さて、あなたは公園トイレが好きですか? などと言う質問は愚の骨頂だろう。

男女別型トイレ

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男女別型トイレ。
トイレは簡単に言うとハコモノだ。公園も大きくとらえればハコモノで、尚且つ純然たる公共事業。
一概にハコモノはけしからんとは言えないので、トイレぐらいは良かろうと考えるが、立派なものだと億となる。一時期、トイレを公園の管理施設の建物の中に組み込む方法がとられていたが、これも一般化する前にウヤムヤとなってしまった。コンサルの一部の人も「トイレはそうなっていく」と偉そうに説明していたが、まったくの思惑外れが現状だ。
自分たちさえ儲かればなどとクダラヌ思惑を考え出すと、往々にして外れる。仕事は単純に明快に、そして長く、たまにサボってやり続けるのが一番。しかし、これがあんがい難しい。本当に難儀なのだ。

男女別型トイレ

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和風の男女別型トイレ。明かり取り入れ用天窓がちょっと滑稽なのが、モニュメントとしての特徴を大きくしていると思ったりするのはトイレを研究?しすぎているからなのか、それとも病的・・・。
こうしたトイレは分かりやすくていいが、いまどき、こんな建物はトイレか博物館か関所ぐらいしかない。公園にあるのは関所と同じような権限をもっていたらあきれる管理所や命にかかわるトイレぐらいで、よほどのことがない限り博物館など置かない。とは言っても都立上野公園や北区立飛鳥山公園などなどには立派なものがあるが、どう見たってパンダやお花見には勝てない。簡単に言えばグロテスクに生きものや酒とオンナには歯がたたないのだ。

男女別型トイレ

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この男女別型トイレはかなりオープンなつくり。女性用はちゃんとあるが、こんなオープンなつくりにしたのは「女性用はあまり利用されない。利用するのは子どもとお年寄り程度」と勝手な解釈があったからではないだろうかと、かなりひねくれた解釈をしている。アタルモハッケ・アタラヌモハツケと言う程度か。
それにしても近頃の公園トイレは至れり尽くせりの観があり、そして無駄のないつくりをしている。特にコンパクト化された「誰でも用トイレ」はその観が強い。私のように気の弱い人間は「もしもし」とか「あのー」とか変にへりくだってからトイレに入り、お金の入投口などを探して小銭を入れなければいけないのかとうろうろする始末。その間にもオシッコが漏れそうになる。「ヤイ面倒くさい」とばかり用事を済ませ、頭とあそこがすっきりすると、「なぜ、金なんか払おうと考えたんだ」と己を一喝する始末。深く深く心に染み付いたドブネズミ根性をにイラツク始末。そんでもってまたよたよたと次の公園に向かう。

誰でも用型トイレ

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公園トイレに悪さをする輩は後を絶たない。なんでそんなセコイことでしか自己主張やウップンを晴らすことが出来ないのだろうか。尻の線が詰まっているからなのか。だったら病院にいった方がいい。そこで動脈硬化やらフン詰まりや尿道結石などを治療してもらって、銭をいっぱい払えば、少しは身に染みるだろう。
トイレ内に落書きする輩も同じだ。イマドキの落書きはもう立派な犯罪だ。刑法違反でどんどんしょっ引くことも必要だが、多額の罰金を徴収するのも必要だ。どんな落書きも罰金百万とトイレ掃除5年ぐらいの刑が妥当だ。私は本当にそれぐらいがいいと考えている。

男女別型トイレ

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男女別型トイレ。
外装がタイル貼りの公園トイレはあんがいある。どれも少し前のもので、マンションのタイル貼りと似ている。今考えると不思議だが、たぶんそんなことが流行っていたのだろう。公園もそんなところなのだ。
公園は都市計画の代表の一つのように考える向きもあるが、あんがい安直な流行にも目がむいているような気がする。「公共」などと言うと少し腰が引けるが、どれも税金でやっているので、市民は主張すべきはちゃんと主張しないといけない。何でもかんでもバカ役人やその手先の言うことなど聞いていたらろくなことはない。言い古されていることだが、公務員は市民社会の奉仕者なのだ。ぺーぺー公務員も給料がべらぼうに高い。マスコミの給与もすこぶる高い。そんな自分たちだけが良い思いをしている奴らの言うことに真実などありえない。

誰でも用型トイレ

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こうしたコンパクト型トイレはこれから更に増え続けるだろうが、私はちょっと苦手。男用便器があればいいが、付いていないものも多い。面倒くさいのだ。面倒くさくても手は洗うので、本当はさして面倒くさくないのかもしれないが、やっぱりちょっとだけ面倒くさい。手を洗いながら、寒さで鬼のような面になっている顔を眺め、「あーもうだめだ」などと呟く。何がどうダメなのかなんて説明しない。あんたも年をとれば全てがわかる。
そんなことじゃいけないと思いなおし、本当に冷たい水で顔を洗ってみる。顔を洗って出直せと大人には散々言われたが、あまり役にはたたないなぁーと感じる。むなしいが、トイレの扉を開け、「さぁー次へ行こう」ととぼとぼと歩き出す。世間はちょっとだけ春めいてきた。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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都立公園などの大型公園は広域避難場所に指定されており、その場合、公園トイレはとても大切な施設となる。避難してきた人々で園内は溢れかえり、トイレは計り知れないほど重要な役目を持つ。当然、水も電気も通じないことを前提にいろいろなことに対応しなければならない。衛生、健康、病気、障害、子育て、犯罪などなどを想定すると、もうこれはお手上げ状態が続く。それでも何とか生き延びねばならない。簡易的にトイレとなる場所や方法を今から考えておかねばならない。現存する公園トイレなどすぐにパンクすると思ったほうがいい。
さて、あなたにはどんな方法が思い当たりますか、またどんなことならできますか・ガマンしますか。

男女別型トイレ

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外国の公園トイレ事情を知りたいと思うこともある。自慢じゃないが、ヒコーキにも乗ったこともなければ、外国にも行ったことだってない。だからセントラルパークの公園トイレも知らない。自由の女神を背中に背負ったような姿のトイレなのだろうか。
そうそう急に思い出したのだが、府中刑務所近くの公園にあったトイレには、その屋根上にパンダの大きな置物が鎮座していた。刑務所からは見ることができないだろうが、薄暗い園内からでもほとんど見えない。トイレ近くまで行かないと、それはわからない。
パンダがまた上野公園の動物園にやって来たと新聞で見た。私は流行りものにまったく興味がないので、当然生きているパンダは見たことがない。親にせがんだこともなかったし、友達も誰一人話題にしなかったように思う。多摩動物公園に行くと、剥製のパンダが置いてあるので見たぐらい。
多摩動物園には年に2.3度行く。誰も一緒に行ってくれないので一人で行く。私の好きなのは狼。あの野蛮な目つきがいい。「いつまで見てんだこのヤロー、さつさとクタバレ、このロクデナシ・・・」なんて言ってくれないかなぁーなどと勝手に思いながら毎回一時間ぐらいぼんやり見ている。それだけで楽しいのだ。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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公園トイレや公衆トイレに誰でも用が付くようになったのはいつ頃からだろうか。その時期は覚えていないが、最初に付いたのは「障害者用」だった。重い扉の付いたそれを障害者の方々が自分一人で使えるだろうかと心配したのを覚えている。また、それより先に公園の園路や出入り口をちゃんと通過できるかどうかも問題だった。
ある日突然、「障害者用」の代わりに「誰でも用」が付いた。内部の構造(施設)もだいぶ変わったり増えたりしたが、公園トイレによっては名称だけを「障害者用」から「誰でも用」に変更したお粗末で手抜きのものもあった。そう考えれば時代も大きく変わった。駅トイレにも「誰でも用」が多くなった。
しかしも一向に変わっていないのが利用者のマナー。相変わらず煙草を吸う輩は多いし、トイレットペーパーのかっぱらいは止まない。中には汚したままに出てくる奴もいる。私はマナーについてとやかく言えるような上品な人間ではないが、己の始末ぐらいはちゃんとしている、つもりだ。みんなも「もう一歩、前へお進みください」。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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男女別型(誰でも用付設)トイレ。
このトイレには名前(名称)が付いている。
大きな公園には「○○公衆トイレ」以外に、そのトイレの置かれている場所を表すような名称を付けているものもある。写真のこれは「さくらのトイレ」で、この場所には桜のいろいろな種類が植えられ、お花見の場所になっているようだ。他にはケヤキトイレなどもある。
この公園にはドッグランもある。犬はどこでオシッコをしても怒られない。他人の花壇や植え込みにするとたまに家人に「こらっ」と怒られるが、これも致し方ない。ドッグラン内でオシッコをすると、飼い主がペットボトルの水をシュルシュルと蒔き、後処理を簡易的にする。これはドッグランを利用する飼い主のマナーなのかもしれない。

小・誰でも用別型トイレ

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今まで「男・誰でも用別型トイレ」と記していた多くのトイレは実は「小・誰でも用別型トイレ」だったので、今回より、より正確を期すために、そのような表記に変更しました。ご了承ください。
公園トイレのコンパクト化はここまで進んだ。何でもでかけりゃーいい時代は中国や金持ち中東諸国あたりにまかせておけばいい。あとは「誰でも用」の内容を今後どれだけ充実できるかだろう。まだまだやらなければならないことはある。それと震災時対応型の実践利用を想定した訓練の必要性だ。訓練なくして実践なしだ。爺さん婆さんだけではなく、お美しい女性や若奥様方もぜひ参加して頂きたい。また、そうした機会を自治体や地域社会も積極的に行ってほしい。
みなさん、便秘だけが問題じゃないんですよ。

大小別型トイレ

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これも一見、男女別風だが、実は大小別型トイレ。
今まで、このブログでも多くの公園トイレを紹介してきた。なぜそんなことをしているのかと近頃よく尋ねられる。余計なおせっかいだから、ほとんど返事をしない。他人のことを心配するより自分のことをしみじみ考えろと言いたい。この世の中、いつ何時、どんなことが待っているか想像がつかないからだ。私の公園トイレブログのことなんか、気にも留めるな。こんなもの無用の長物なのだから・・・。
面倒だから、一つだけ答えると、他にやることがないし、公園に行くとトイレがあるからだ。禅問答のようになるが、それが唯一の事実なのだ。真実ではないが・・・。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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明り取り天窓がソーラーパネルのように整然と並んだ男女別型(誰でも用付設)トイレ。
先日、公園トイレもこれからは防犯カメラの設置が進むだろうと記したが、それと同時にソーラーパネルがセットされたトイレの開発も既に行われているだろう。公園施設の中では外灯や時計などの多くが既にソーラー式やハイブリッド式に交換されている。かなり高価にもかかわらず、そうしたものが設置されているのにはイカガワシイ事情があるのだろうと、私は勘ぐっている。どうせ碌な理由ではない。その矛先が次に狙うのがソーラートイレだろう。甘い言葉と明るいトイレにはぐれぐれもご注意を!!

男女別型トイレ

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児童遊具コーナーわきにあったので、こんな外見をしているのだろうか。「こんな」といい加減に書いたが、子どもたちに好かれるトイレづくりなら、もっと似つかわしいデザインもあるだろう。しかし、こうなっちゃうのもまた公園の見方なのかもしれない。
だいたい、子どもたちに好かれる公園トイレづくりなど世の中にあるのだろうか。確かに大人用ではない小型の便器を揃えた公園もなくわないが、それとこれとでは何かが違う。もし、「子どもに好かれる公園トイレづくり」なんてものが現われるとしたら、それは児童や幼児を対象とした子ども交通公園あたりだろうが、少子化の今、新たにそうした公園がつくられるとは思えない。もう、どこの自治体にもあるのだ。
さて、子ども手当ての出る不思議な世の中、これからも奇奇怪怪なバケモノを次から次と出してくるだろうトンマな政権に大いに期待しよう。そして我々ジジィーにもジジィー・ババアー手当てとジジ・ババ好みの公園トイレをわんさかつくれと強く強く要望する。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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二階部分と思われるコーナーはいったい何なのだろうか。
もっとはじめに書いておかねばならなかったのだが、公園トイレと言う考え方も真面目に考えればちょっおかしい。もっともっとまともな公衆トイレが社会の中にいっぱいあれば、わざわざ公園内にトイレを置く必要はない。公園だけを社会から隔離した存在として置いておく必要も本来はないのだ。もう公園は子どもたちの園だけである必要性はまったくない。公園はかけがえのない社会資本であり、薄れ行くコミュニティーを活性化する大切な役目を負っている。
公園と公園トイレの関係を今からちゃんとしておかないと、あとあと重婚だの、不倫だの、婚約不履行だのと問題を起こしかねない。

男女別型トイレ

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いったんトイレが設置されると何年ぐらい持ちこたえられるのだろうか。公園の規模やその性格や役割によっても違うだろうから、一概にはいえないだろう。新しいトイレは概ね誰でも用が付設されている。内部の異常を外部に知らせる警告灯も付いている。大型トイレになると防災型となり、外部防災トイレのマンホールも複数付設されている。
今後、公園トイレはどんな変化を持つようになるのだろうか。私には難しすぎるテーマだが、一つだけ言えることがある。それは防犯カメラの設置である。あらかじめ防犯カメラを組み込んだトイレが現われてくるのは時間問題だろうし、既に試作もされているだろう。では公園トイレのどこに防犯カメラを設置するのか、当然、個室や便器の前はまずい。トイレのメインの出入り口だろうが、そうなるとトイレの形にも更なる工夫が必要だろう。時代の要請はここまで来ている。プライバシーとの兼ね合いもあるだろうから、ぜひ私に相談してほしいと、言うのは洒落だ。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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トイレ前に自転車がいっぱい停められている。そのわけは、目の前にある運動場で子どもたちがサッカーの練習をしていたるからだ。子どもたちには指導者の大人や保護者の母親たちもついている。指導者や親たちは子どもにいったい何を教えているのだろうか。サッカーのイロハもそうだろうが、礼儀や規律や行儀、そして尊敬やお礼も教えているはずだ。子どもたちへのスポーツ指導は建前上、そうしたことを最も大切だとバカの一つ覚えのように指導している。お相撲もそうだ。まだ未熟な少年たちが、大相撲の世界に入ると、礼儀や規律や行儀、そして尊敬やお礼を教えるが、結局のところは子どもたちをなぶり殺したり、八百長、そして賭博へと駆り立てる。みんな建前を嘘っぱちでつくろつているのだ。少年サッカーを教える大人も子どもたちに乗ってきた自転車の置場場所すら指導できていない。自分たちの教えがデタラメなことを少しも理解していない。
公園トイレには緊急性を要する人々もやって来る。また緊急事態が発生することだってある。少しは自分たちのくだらぬ遊び以外のこともちゃんと考えなさい。みんな一見、真面目な面(ツラ)をして、実は不真面目でデタラメなことばかりを指導している。チャンチャラおかしいのだ。

雪の日の公園トイレ-東京-2

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雪の日の公園トイレ-東京-2。
1でも書いたが、雪の中の公園トイレ外観写真は面白くない。だいたい公園トイレ外観写真など、よほどの物好きでないと見ないものだろう。「トイレの歌」も一部で流行っているようだが、トイレを詠っているのではなく、人を感じているものだから良いのかもしれない。それに比べると、こっちはただ単に公園トイレの外観写真に過ぎない。みんながあきれるオヤジギャク程度の駄文も完全に無駄。生ゴミより始末に悪い残飯みたいなもの。それに誤字脱字も酷い。国語で言えば0点。
雪の写っていない雪中公園トイレ写真は失敗だった。ごめんなさい。

大小別型トイレ

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これも一見、男女別型トイレ風だが、実は大小別型トイレだ。
こうした見ようによっては、下世話な観光地などで見かけるトリックアート館風で文句のつけようがあるようで、ないようで・・・ようわからん。そうそう、何とか秘宝館(殿)もよく分からない観光施設だが、なんとなく異物感があって、あれはあれでいいのかもしれないが、未来はあまりなざそうだ。でも世代はいつも変わるので結構長続きするのかもしれない。
B級グルメなどとお調子乗りは騒いでいるが、みんな踊られ過ぎた。
トリックアート館や秘宝館もそうだが、世の中B級を上げたら数限りなくある。公園、チンタイマンション、ゴキブリ取り器などなどもう嫌になるほどある。だから下品な私はあえて千円以上するアイスやフォアグラの入ったラーメンを食べるが、どうにも口に合わない。やっぱり大好物は安物ケチャップでぐちゃぐちゃされたナポリタンに挽肉をいっぱい詰め込んだミートソースを乗せたスパゲッチーが一番旨い。これはA級料理そのものなのだと確信している。

大小別型トイレ

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この古いタイプのトイレを男女別型と表示していたりすることもあるが、正確には大小別型だ。女性は大で、男性は小しか使わないと勝手に思い込んでいた時代の遺物だ。
今日の夜あたりから東京地方にも雪が降り、積雪があると言う。私だってこんな日にあえてみっともない姿の疫病神風雪ダルマになってまで公園には行かない。公園トイレも誰が使うのか知らないが、こんな日は雪水と泥でてんやわんやに汚れ、イライラするだけ。やはり公園トイレの清々しい使い方は、太陽がパッと出たほのぼのと暖かい休日の午前中がいい。まだトイレは汚れる前か、清掃前でトイレットペーパーがないかの博打的時間帯が何とも言えない。
明日の午前中、雪が降っていたら雪中トイレの写真でもアップするかもしれない。あれっ、やっぱり公園へ行くんじゃないか。
乞うご期待を!! 

大小別型トイレ

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大小別型トイレ。
新しいトイレは気持ちがいいし、使い勝手もいい。それに比べると、古いトイレは匂いがあるし、落書きも多い。鍵やカベの破損などもあったりする。当然のごとく落ち着かない。するといろいろ粗相をすることもあったりす。しかし、そうは言っても公園トイレは安くはない。立派なものだと、億の単位もあると聞く。だったら、みなさんにきちんと使ってもらい、長く大切にしたいと思うのは当然だ。しかし、長く大切になどまったくされていないイマドキの亭主のように、なかなか上手くはいかない。
駅のトイレや公園・公衆トイレで最近目に付く貼り紙がある。それは便器の前に貼られているこんな内容のものだ。「きれいにご利用頂きましてありがとうございます。」と。オシッコをする前にこれを見ると、私など「ちゃんとしなきゃいけない」と肝に魂が入る。他人に無用な迷惑はかけたくない。それが人として生きる道だと、父は教えてくれずに死んでしまったが、人とはそうしたものだ。
先にお礼や感謝をする手は使える。

男女・大小共用型トイレ

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この男女・大小共用型トイレは公園の出入り口すぐ脇にあった。「あったあった、やっとあった」と安心させるかのように、どこからでも分かるようにそれはあった。切羽詰った人には天国のように嬉しい光景だ。しかし、そんなトイレに限ってどろどろに汚れていたり、トイレットペーパーがビショビショにされていたりと、悪戯されていることも多い。これは真実の体験談。
ではなぜ、寂しい人はトイレを汚したり、荒らしたり、破壊したりするのだろうか。要は心にしまりがないのだ。己の心にブレーキが利かないから、体のどこもここもしまりがない。簡単に言うなら泣きじゃくる赤ん坊のマネしかできないのだ。こうした輩はまとめて強制収容所に押し込まなければいけない。私も子どもの頃、母親に叱られると、自分から進んで真っ暗な押入れに入り、己を悔い改めていた。だから、こんなに立派なジジィーになれた。と言うことに、たまにはして頂きたい。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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男女別型(誰でも用付設)トイレ。
立派なトイレだが、わりと緑の濃い場所に設置されていることにちょっと首を傾げたくなる。
トイレは汚いものではないし、不条理な施設でもない。他人に覗かれたり、特別な異臭を放さない限り、もっと明るい、堂々とした場所に新規のトイレは設置した方がいい。明るく清潔で健康的なほど、みんなはきれいに使ってくれる。人はミミズじゃないのを管理者は分かっていない。自分たちは税金を食いつぶす化け物のくせに。

男女別型トイレ

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男女別型トイレ。
写真ではわからないが、この建物はかなり大きい。しかしトイレそのものがバブル時代の遺産のように巨大化しているのでなく、公園管理に必要と管理者が勝手に考えた各種施設をまとめて一つの建物に入れたためである。その中には、今ではもう廃止された「公園指導員」の詰所もあった。東京23区の場合は多くの区で名称こそ違え、その制度は廃止された。
公園指導員とは、中規模より大きい等の公園管理を常駐することで行おうとする目的があった。しかしこれは経費が増大し、指導員の人選も不明朗を極めていった。当然、この制度は有償の事業である。一部では首長の選挙対策、地盤対策と非難され続けていた。
公園で金儲けはしていけないと厳重に禁止されているが、ことは然様にいろいろな抜け道をつくり、管理者も民間も悪知恵を使い、ノータリンなりにいろいろ考えている。たとえば東京都は都立公園のスポーツ施設での民間団体が集団で施設を利用することをずっと認めてこなかったが、数年前から認めるようになった。民間に金儲けのために都立公園のスポーツ施設を使わせるようになり、自分たちも金儲けに預かるように制度を変更したのだ。
追伸
公園指導員とは、本来の設置目的は戦後、路上に浮浪児があふれ、公園などに寝泊りを続けた子どもたちを救い、保護しようとした目的があったに違いない。時間とは恐ろしいもので、そうしたことが必要としなくなった時代になっても制度は残り続け、目的外使用として突っ走っていき、結局破滅した。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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新しい最新型トイレ。
新しいトイレなので、次から次と人々がやって来る。鼻歌などを口ずさみながら出てくる輩もいる。それほど気持ちいいのかもしれない。きれいなトイレは万病のクスリか。
私も嬉しくなって自作のド演歌「地獄の沙汰は金次第じゃない」を口ずさみながら次の公園、次のトイレへと向かった。

男女別型トイレ

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わりと単純な形をした男女別型トイレだが、設置はだいぶ古いようだ。全体像からもそれが感じられる。自慢じゃないが、山ほど公園トイレを見てくれば、その程度のことは簡単に察しがつく。
このトイレ、そこにポツンとあるのが、どことなく印象的。トイレが印象的である必要があるのか、どうか、そのあたりのことはよく分からないが、とにかく孤立無援のようにそこに建つ。
孤立無援か、懐かしい響きがある。若いような、懐かしいような、切ないような、孤独のような・・・そんな影がひしひしと感じる言葉だ。孤立無援には似つかわしくないが、「仲間」や「友」もまたそれに似合うから不思議でしょうがない。そしてやっぱり切ない。

男女別型トイレ

トイレには何の問題もない。ないが、そのそばに飲料水自販機が設置されているのが少し気になる。別段、悪くはないが、決して良くもない。理由はあえて書かなくても分かって頂けるだろう。
そう言えば、以前にもどこかに書いたが、入れるものは有料で、出すものはタダなんて、世界はどこもおおらかだ。ただ、断っておくが、公園トイレや公衆トイレを有料にしろと言っているのでは決してない。トイレが近い私として、もしそんなことになったらすぐにでも死なねばならない。本意を伝えるのはなかなか難しい。
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男女別型トイレ

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形と色合いからくるものなのか、かなり重厚な感じのするトイレ。無駄なつくりも所々にあり、あんがい大雑把につくられた感じもなくはない。そんな時代につくられたトイレなのかもしれないし、公園トイレや公衆トイレがいろいろ言われる前につくられたものかもしれない。写真で見るよりずっと古い。こんなおおらかにつくられたトイレを見るのは久しぶりかもしれない。それほど気持ちよかった。だからいっぱいオシッコをした訳でもないが、トイレの気持ちよさはあんがい格別のものがある。私を含め、トイレにリゾート気分や常夏気分を味わいにやって来る人はあまりいないのではないか、それなのにトイレから出てくるときは、それはそれは裸の王様と揶揄されても「心配ござらん」と優雅にたしなめるほど気分爽快になっている。私は行ったことはないが、エステサロンとはこんな感じなのかもしれない。なんだ、エステはトイレなどと軽薄に思ってはいけない。トイレの方が数段社会的な意義も理想も高いのだ。ただちょっとだけ毛虫や名前の知らない虫などがちょろちょろしていたり、アリの大行進が見られるのが私の部屋に似ているだけで、賑やかでよい。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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男女別型(誰でも用付設)トイレ。
立派な公園トイレだ。こうしたトイレだと、設置工事費も含めるといくらぐらいになるのだろうか。立派なものだと、100,000,000円を下ることはないと聞く。そんなにしてまで立派なものを設置するには、よほどの訳があるに違いない。そうか、あれもあり、これもあり、あーも考えられる、こーも考えられると、凡人の私でもいろいろ想像できる。
うん、なるほど、なるほど・・・。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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どことなくウエストコーストかサザンコースト(ウエストもサザンも実は何のことか知らない)あたりの太陽と渚とカキ氷が似合いそうな場所(公園)にあるトイレを感じさせる。みんなピクルスのいっぱい入ったハンバーガーなどをかじりながらするオシッコは何故かコーラの匂いがする。たぶん、糖尿をやっている人々が多いのだろう。
それはそうとして、○○参上とか、●●愚連隊などと落書きされないように注意したほうがいい。どこも無礼者が多い。

男女別型トイレ

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男女別型トイレ。
一つの円形建物の中にこのトイレはある。二階は低めの展望コーナーで、なんの役に立っているのかよく分からない。後ろに回ると作業員詰所と倉庫がある。用は管理に必要と勝手に思っているいろいろを集め、ついでに展望コーナーを付け、「ほら、私たち管理者は公園利用者にいろいろサービスをしています」なんてうそぶき、ふんぞり返っているのかもしれない。
このところ我ながら僻みっぽくていけない。そんなにみんなは悪い人ではないと思いたいが、なかなかどうして、みんな鋭くずる賢い。そんなことに負けたくないので、私も世間を色眼鏡を二つも三つもかけて見ている。色の三原色ではないが、どんどん社会が黒ずんで見える。

男女別型(誰でも用付設)トイレ

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最新型の男女別型(誰でも用付設)トイレ。誰でも安心して使えそうなトイレである。
あまり安心して使えそうにないトイレもある。それは工事現場などでよく使われているタイプのアレだ。簡易型の奴で、イベント会場等でもよく見かけるし、小さい粗末な公園にも設置されているアレ。ただし公園のものはちゃんと下水道につながっている。今、「小さくて粗末な公園に」と書いたが、中型のわりあい立派な公園にもあったりするから、チントンカンな役人のやるチントンカンなことは理解できない。
このトイレは夏など異様に暑い。だいたいトイレは妙に涼しいものだが、このタイプだけはぜんぜんべつ。それにこのトイレだとトイレで吸ったタバコの煙が異様にこもる。トイレで煙草の味を覚えた人間は一生トイレで吸い続ける運命にあるのか。哀しいと思うなら禁煙すること。
それに水を流すと、その音も異様に大きい。トイレの構造や素材が水洗の音をバカデカクしはているのは間違いない。なんとなくヤレヤレだ。